囀(さえず)りやどれも空向く壜の口  (中西夕紀)



解説・坪内稔典
囀りは小鳥の雄の求愛の歌。この句の並んだ壜の口も囀りたい感じ。なんだか愉快な光景だ。
ちなみに、小鳥は吐く息でも吸う息でも声が出るという。ホーは吐き、ホケキョは吸うのか。

2008.03.20 Comment:0 | TrackBack:0
以前にも書たことがありますが、会社の友人・岡本愛弓さんの俳句を紹介します。
1998年に発行された黛まどかさんの「恋する俳句」に収録されたものですが、解説によると、『女性セブン』にて1996年10月10日号から1998年4月9日号まで連載された「ヘップバーンを詠むページ」に加筆、再構成したものだそうです。
俳句のテーマとしてひとつの課題(お題)を挙げて読者の作品を募集し、寄せられた句から、黛まどかさんが優秀作として松、竹、梅の3句と佳作を選び構成されています。
ヘップバーンというのは、当時、黛まどかさんが主宰されていた女性だけの俳句会のこと。私も1度だけヘップバーンの句会に参加させていただいたことがあります。


それでは岡本愛弓さんの作品を。【】中はお題です。

【ドライブ】
<佳作>ドライブと言いだしかねて遅桜

【花見】
<松>シャンペンを買いて花見の人となる

【卒業】
<佳作>横書きの十七文字や卒業歌

【ばら】
<佳作>棘(とげ)一つ身の内に在り薔薇活ける

【コンサート】
<佳作>サックスのバラード窓を越えて冬

【遊園地】
<佳作>鳥渡る空へ空へと観覧車

【ラブレター】
<佳作>ジャケットに秘密一片ラブレター

【雪】
<佳作>恋唄は昔々や雪女郎
2007.06.26 Comment:0 | TrackBack:0
春雨を髪に含みて人と逢う

           眠女(岸田今日子)

           12月22日朝日新聞・天声人語より


ご冥福をお祈りします。
2006.12.22 Comment:0 | TrackBack:0
さみしさのいま声出さば鴨の声

             岡本 眸(ひとみ)/『手が花に』
2006.12.20 Comment:0 | TrackBack:0
ねんねこから片手出ている冬霞

           飯島晴子/『蕨手』より
2006.12.12 Comment:0 | TrackBack:0
万聖節(トウサン)や空気一気に凍る音(フランス・美帆シボさん)



このブログに何度かコメントしてくださった美帆シボさんの俳句です。
12月4日の朝日俳壇に載っていました。
2006.12.04 Comment:0 | TrackBack:0
音たてて立冬の道掃かれけり(岸田稚魚)
2006.11.07 Comment:0 | TrackBack:0
友人の句です。


遠雷や人なき店の抽象画 

          鈴木鷹夫選 佳作 


青葉して遠近法を学ぶ木々

          黒田杏子選 佳作

夜光虫波の定めし行方かな

          大橋敦子選 佳作


     作者:岡本愛弓
2006.10.25 Comment:0 | TrackBack:0
「そして船は行く」  水野真由美


木のあらば一本の櫂削るべし

国よりも旗よりも美(は)しき馬の貌

昏(くら)きより風の化石を取り出せり

貌のなき神の棲みいる水の星

十字路や裁ちおとされし風の声

探しゐる指のかたちや水の秋

消さざらめこの星に羽化のうすみどり


              9月15日朝日新聞夕刊より



*みずのまゆみ
 「海程」同人、「鬣 TATEGAMI」編集人、句集「陸封譚」(七月堂)
2006.09.16 Comment:0 | TrackBack:0
「わが歩む落ち葉の音のあるばかり」   杉田久女


      季語:落ち葉


かさかさと落ち葉を踏みしめて歩く季節になりましたね。
美しい句です。
2005.11.12 Comment:0 | TrackBack:0
日中は暖かくて春先の気温だったからか、やっぱりねと言いたくなる朧月だった。

「泣いて行くウエルテルに逢ふ朧哉」  尾崎紅葉

20日(木)朝日新聞「折々のうた」に、この句が紹介されていた。季語は「朧」。
『紅葉句帳』(明40)所収。ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』の主人公を春の朧夜に呼び出した想像句。


確かに、朧月夜のはっきりしない様には、あの世の人が現れてきそうな静かな不穏を感じる。
生きている者と死んでしまった者がすれ違うのが朧夜だとすれば、私も亡くなった魂を呼び出したい。
2005.01.24 Comment:0 | TrackBack:0
13日(木)の朝日新聞夕刊に、俳人・稲畑汀子さんが「俳句で甦るあの時の思い」と題して、阪神大震災によせる思いを寄稿されていた。稲畑汀子さんは、お住まいのある兵庫県芦屋市で被災されたそうである。

朝日新聞では震災直後に俳句を募集した。私も選者の一人としてたくさんの句を拝見し、選んだ。
俳句は短い詩である。内容を多く述べることはできない。作者の感想や形容詞、感動そのものを詠まないで、感動に誘われたものを描写するのが俳句である。語れない部分を季題に語らせるのが俳句なのだ。

十年たったいま、その時入選した俳句を読み返してみた。すべて客観写生、客観描写をされていることでその時の感慨が甦ってくる。

・生かされし命を抱き冬日に浴ぶ(西野郁子)
・その時に止まりし時計冴え返る(吉田松籟)
・倒壊の屋根を歩めり寒鴉(山田弘子)
・一つづつ春燈戻る地震の街(長山あや)
・悴(かじか)みつ鉄路無き道遠かりし(山形ゆかり)

季題が多くのことを語って臨場感があるのに驚いた。当時と同じ感慨を持って鑑賞できる俳句は名句と言わざるを得ない。これらの俳句を通してその時の恐ろしさ、またどんなにがんばることが出来たかということを思い出した。水くみをしたひと月もいま考えるとあの時は十歳若かったのだと感慨無量である。
俳人は、人間の生活も自然の一部という認識を持っている。自然の美しさを詠み、自然の優しさを賛美する俳句が、恐ろしい自然、醜い自然も詠んでいかなければならないことを、震災を通して改めて知った。




震災当時、稲畑汀子さん自身は、1ヵ月ぶりに水道が復旧した喜びを「春の水」として詠まれている。

「春の水甦りたる蛇口かな」




稲畑汀子(いなはた ていこ)
1931年横浜市生まれ。俳句結社「ホトトギス」主宰、朝日俳壇選者。
2005.01.17 Comment:0 | TrackBack:0
「猫を叱るや昼寝の夫がこたへをり」  加藤知世子

        ※夫・・・「つま」と読みます。

俳人・加藤楸邨(1905〜1993)の夫人で、同じく俳人の加藤知世子さんの句です。
飼い猫のいたずらを叱っていたら、そばで昼寝をしていた夫が返事をした、という、ユーモラスな句。夫唱婦随ではなくて、あえて婦唱夫随(笑)
「黙々と夫が喰ひをりぬかごめし」という句もあります。俳句だと、パートナーのことを詠んでもさらっとした感じになりますが、仲よきご夫婦の様子がしのばれます。

夫・楸邨が同じ飼い猫を詠んだ句は「咳をしてをれば猫きてくさめせり」       
2004.12.03 Comment:0 | TrackBack:0
冬の日や仁王の胸の木目縞  (道官 佳郎)


季語:冬の日


仁王は、寺の門の左右に置かれている金剛力士像のこと。仏法を守護する神。口を大きく開けた“阿形”(あぎょう)と、ぎゅっと口を結んだ“吽形”(うんぎょう)の二体が向き合いように立ち、一対となる。これが「阿吽」(あうん)の形。阿吽とは、相対するもの。「阿」は万物の初め、「吽」はその終わりを意味する。密教では、菩提心と涅槃にあらわしている。


大きな寺だと拝観客も多く、仁王像を見逃しがちかも知れない。観光シーズンや初詣のときは、この句のようにじっくり立ち止まって見ることはできないかな。
東大寺・南大門の仁王像はとても大きく、恐ろしく感じられたほど。法隆寺の仁王像も忘れらない。
仁王像の裸の胸が、冬の日ざしにくっきりと木目をさらしている。時間を超越して、神と向き合った一瞬の永遠を切り取ったような句。句そのものも、きりっと立っているようで、いい。


作者・道官 佳郎(どうかん よしろう)
戦後十代の頃に俳句の手ほどきを受けるが、のちに経済人となり、平成になって再び作句をはじめられたそうだ。上の句は、『星砂』(平成15年出版)に収録されている。続きを読む
2004.11.24 Comment:0 | TrackBack:0
レモン汁期待の牡蠣のちぢまりし   嶋田摩耶子


季語:牡蠣


牡蠣鍋は、人生でまだ2度しか食べたことがないですが、まるで自分のことのように様子がわかります。それにしても、火を通す前の牡蠣はぷっくりとして美味しそうなのに、いざ食べようというときには大きさが半分になってしまって悲しいですねぇ。

嶋田摩耶子(1928年〜)俳人で医師の唐笠何蝶(とうがさかちょう)が父親。青春期以降を北海道に送り、現在は熱海暮らし。上の句は、北海道時代の作。嶋田摩耶子句集「花と雪」(平成15年出版)に収録。

これも良いわぁ!(↓)

夏みかんむきをる顔のすっぱさよ    唐笠何蝶
2004.11.10 Comment:0 | TrackBack:0
朝日新聞11月1日「折々のうた」より

「冬兆すうがひの水のかたさにも」   宮坂 恒子


季語「冬兆す」

単純にいえば、うがいの水に冬を感じる、ということなんでしょう。
もっとも水がかたくなるわけはないのですが、うまい表現だと感心しました。
いつもと同じ事をしていても、なんかちょっと昨日とは違うみたいだという感覚。
もう冬だなぁと思う。日常の中の小さな発見。
2004.11.07 Comment:0 | TrackBack:0
「ばった跳ぶときどき月へ跳びにけり」  仙田洋子

                  10月22日朝日新聞より

童話の挿絵のよう。ばったが月まで跳べるわけがないけど、一度だけでも跳べたらいいよねぇ。でも、ほんとは跳んでいるのかも知れない。人が知らないだけで。きっと、作者も跳びたいのかな。


同じ作者の句。
「どうしてもしぼむ芙蓉もわたくしも」
「木犀の夜を眠りたく歩きたく」
「太陽の排泄物かくわりんの実」
「菊人形諸肌脱ぎし匂ひかな」


せんだようこ
1962年生まれ。句集「橋のあなたに」「雲は王冠」句文集「仙田洋子集」
2004.10.27 Comment:0 | TrackBack:0
「花月夜いのちあるもの揺れやまず」    黛まどか


「花月夜」は春の季語。

相変わらず、まどかさんの句は美しい。
春の夜、月明かりに浮かびあがる花は桜でしょうか。微風に揺れるような、いや、無風の夜も月の光に妖しく揺れる。「春江花月夜」という漢詩の『月、花林を照らせば、皆 霰に似たり』という一文を思い起こす。そして、桜を見上げる人の心も揺れる。春、いのちあるものは、どこか冷静ではいられなくなって浮き足立つ。

10月19日(火)の朝日新聞の「ぴあINFO・PACK」の記事に掲載されていました。記事は、話題の韓国映画「春夏秋冬そして春」の一面広告。
(映画のあらすじ・・・湖上に浮かぶ神秘的な山寺を舞台に、ひとりの男の幼年期から壮年期にわたる魂の遍歴を、春夏秋冬の移ろいに重ね合わせながら情感豊かに描き出す。キム・ギドク監督)

この作品を観て、日本と韓国では人と季節のかかわり合いが違うように感じました。日本は季節と季節の間にのりしろがありますよね。季節が少しずつ移ろい、人は移ろいに身をゆだねながら、そこに寄り添いながら生きている気がするんです。ですが、韓国は一気に変化しますから、寄り添うというよりも季節に否応もなく支配される感じ。この感覚が韓国人の喜怒哀楽のはっきりしたといわれる気質をはぐくむのかなと感じました。(黛まどかさん)
2004.10.21 Comment:0 | TrackBack:0