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一途なる半人半獣(ケンタウロス)の君にして駈けさる朝のリラは薫りぬ

赫々とロワール河の陽に染まり君の故郷を我がものとする

夕靄の坂の上より流れ来し魔の気をふかく吸いしわが胸

年々に五重の塔は沈みゆき古都はるかなり高層の駅

うるわしき箱うるわしき紙幾重あけて現る玉の和菓子は

夕立は焦げたミシンを打ち洗いつと立ち去りぬ廃墟の彼方

地下室の慰霊の壁に刻まれし人の名と歳ほのかに浮かぶ

生きたまま投げこまれたる人の井戸に盛られし土は花を咲かせり

雪ヶ原連なり歩む群れながく憑かれし人の影に見ゆるも

しなやかに動く装飾シャム猫は客を見ぬふりして賛辞まつ


美帆シボさんは、フランスの郊外の街(マラコフ)で暮らしておられるが、平和活動家として、また日本の相模女子大学の客員教授として、フランスを日本を行き来されているそうだ。
4首目5首目は、日本に帰国されたときの歌。「帰るたび知らぬ言葉がふえている行く街角に田舎の駅に」という歌もある。
6首~8首目は、1944年にナチス親衛隊に住民を虐殺され廃墟になったという、南フランスのオラドゥールを詠んだ歌。「焦げたミシン」は、歌集の前半にも出てくる。「黒焦げのミシンに小雨が降りしきるナチの暴虐オラドゥール村」。前述の歌が収録されている第Ⅱ章には、長崎、コソボ、イラクについて詠んだ歌、対人地雷を擬人化した歌など、平和活動家の面が強く表れている。

人を恋うロバ/美帆シボ
ながらみ書房

フランス語と日本語で、原爆を、平和を、日本を、世界を考える。
美帆シボさんは、フランスに住み、フランス語圏に原爆の実相を伝える活動を展開している。
ヨーロッパと日本の人や風景を、知性的かる清潔な抒情でうたいあげた待望の歌集である。(佐佐木幸綱)

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2009.12.06 Comment:0 | TrackBack:0
高みより落ちゆく時間(とき)は長からむ青葉ふた片みずから散りぬ

闇ふかき谷間を駈くる音ひびき窓の灯りに人を恋うロバ

葉陰より君がさしだす桜桃(スリーズ)のわがくちびるにふれて地に落つ

サラダ菜を花束(ブーケ)のように差しだして若き八百屋のはじめての市

三回の接吻(ビズー)の慣わしもつ人と知らず四つめ宙にする我

泣き童子おしゃべり童子わらい童子、小馬(ポネ)をみつけて皆はしり出す

夏の陽を吸いし葡萄(シャスラ)の実を摘めば蜜の光を放ちて重し

主語なくば文なりたたぬ国で書くわが日本語に多き「私(わたくし)」

被爆者のかたえに訳す証言を五度くりかえし五度こころ慄う

この星の終焉ちかしと思う間もくちびるに愛(かな)し三十一文字は



「心の花」所属の美帆シボさんから、歌集『人を恋うロバ』をいただいた。美帆シボさんは、フランス在住で30年近く平和活動をされている。歌集のあとがきによると、短歌を始められてから今年は11年目になるようだ。フランスでの生活が四半世紀におよぼうとしてきたとき、それまでにない精神的窮地に追い込まれたのが短歌を始めたきっかけという。

2首目は、歌集のタイトルにとられた歌。2000年に朝日歌壇賞(選者:近藤芳美)を受けられたときの歌である。

5首目。ビズーは、挨拶や意思表示のため、子どもや親しい間柄で頬にする軽いキス。この歌のまえに「わが夫の故郷の習い右左また右左と頬に接吻(ビズー)す」とあるので、地域によってビズーの回数が違うのだろう。すっかりフランスの習慣になれたつもりでいた作者のとまどいが感じられるようだ。

9首目はわたしも心が震えた歌。とてもいい歌だと思う。


続いて、もうすこし美帆シボさんの歌を紹介したい。



美帆シボさんのプロフィール

早稲田大学西洋史学科卒。フランス在住。1982年にフランス広島・長崎研究所を結成。
日本でアニメ「つるにのって」を製作、普及。また、世界平和を希求した巨大な綴れ織り「世界の歌」の日本展示を実現。2000年度、朝日歌壇賞受賞。著書『フランスの空に平和のつるが舞うとき』他。


2009.12.02 Comment:0 | TrackBack:0
この子らに若き母なりしかの日にはこの背にかがみボタンとめやりし


いついかにわれを離(か)りゆくこの子らか代る代るにパン焼きに来る


もの食はすれば子は暖まりものを言ふ雨だれほどの間隔おきて


肘のゑくぼふたつながらに見えてゐてくきくきくき子は皿洗ふ


昨日きみが買ひ来しめがねをかけてみる囲(めぐ)り薄翅のやうなり薄暮


花の下に母を佇せて ああ昔日光写真といふものありき



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あまたの家族の歌からほんの一部を。
子供たち(男の子、女の子ひとりずつ)の親離れが間近いことが、歌の中にうかがうことができる。
母親の目には、息子の言動は未知なるものらしい歌もあった。それだけ気にかけているからだろう。基本的に仲よしの家族(ご主人は歌人の永田和宏さん、長女の永田紅さんも歌人)の姿が見える。
父母を含む家族のことを、優しく詠えることを羨ましく思う。愛されて育った人は、同じように家族を愛せるのだなぁ。べつだん意識することもなく自然に。
2007.11.25 Comment:0 | TrackBack:0
ひのくれは不思議な時間、するするとわれは出でゆく影がほめけば

               ※ほめく(熱く)・・・ほてる

灯ともれる家にはわたしが待つことを必ず忘るな雨の桜桃(ゆすらんめ)


かじかんだ私は嫌ひ 低き陽を全身で吸ふ麦藁(ストロー)みたいに


ウサギらがバタつきパンを食べている見開き二ページの絵本の中で


水の上に水が流れてゆくかたち今朝のわたしの指にはわかる


眠い眠い私のからだをひきこみて鯉だよおまへはと水が寄せくる






「ひのくれは不思議な時間、するするとわれは出でゆく影がほめけば」
離れていくのは影ではなくて体のほうだという。
不思議な身体感覚は、「眠い眠い私のからだをひきこみて鯉だよおまへはと水が寄せくる」にも現れる。
鯉を詠った歌が多い。このほかにも。鯉のうろこを拾ったという歌もあった。
他の歌集にも鯉の歌があるようで、河野さんと鯉とのかかわりには意味があるようだ。
2007.11.24 Comment:0 | TrackBack:0
ト音記号を最後に書きしはいつなりしか広げし白紙に雨音ひびく


薬包紙赤きを鶴に夜々折りて内ら明るき缶にためゆく


みづからを風にあやつりぐんぐんと上りゆく凧高さは力


深入りは必ず裏目に出ることの自戒としておく 友はもういらない


匙の腹にさかさに映る自(し)が顔をひきのばし縮めなどして夜半(よは)はかな


二時すぎて思ひつめることはもう止そう月読ひつそり右に傾く


           ※月読・・・月のこと。



河野裕子さんの『体力』を繰り返し読んでいる。
1998年に第8回河野愛子賞を受賞した、作者の第七歌集。

河野裕子さんには
「たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか」 (『森のやうに獣のやうに』1972年)
「青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり」(『森のやうに獣のやうに』)
「たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり」(『桜森』1980年)
など有名な歌が多くある。
代表作と言われる若き日の歌はもちろんすごくいい歌なのだけど、それに比べて地味にさえ思えるがこちらのほうが私は好きだ。
ちょうど、この歌集を編まれた頃の河野裕子さんと同じ年齢(四十代後半)になっているから、とくに共感する歌が多いのかも知れない。
2007.11.23 Comment:0 | TrackBack:0
ふはふはと陽射しのかけらくはへきてまるき眼のまま座る子猫は


金木犀の花の微細な十字架が散りつもるすなはち今朝は雨なり


美しい娘を選って<赤い羽根>すなほに刺してもらはう 次は


ざざざんと吮(す)ひ上げられてさかのぼる水の見た象の鼻のうらがは


宮益坂上の古書店ぼろぼろのシャガールと出でて晩夏光浴ぶ


腹押せばもの云ふ蛙のマスコット もの云わす萌黄の腹裂けるまで
 

乾きゆく子の半ズボンちひさくて叱りしことを徐々に悔いたり


春の日は不可思議なほど枯れ枝が落ちてゐて児は劒(けん)を選べず


クレヨンの散るテーブルにあをあをと未完の海が熟睡(うまい)してをり




日置俊次「ノートル・ダムの椅子」から後半の歌の一部。
母親が詠む子育ての歌とは違った趣がある。とくに「父と息子」という微妙な距離感が面白く感じられる。
もしかして父子家庭なの?と思うぐらい、妻の姿を感じる歌は一首だけだった。しかも、妻が寝たあと、自分でアイロンをかけているという・・・。たぶん、自立性の高い人なのだろう。
相聞と思われる歌もあったが、わざとわかりにくくしているのだろうか。暗喩のためわかりにくかった。
2007.07.22 Comment:0 | TrackBack:0
うすい帆をはりてちかづくうなばらの巨象のごとき春の曇天


泉の下にしづんだやうだ透きとほるコンヴィニを出でて深く呼吸す


破傷風の接種を受けしよりパリの路地には馬のにほひ満ちたり


あたたかき肌欲しがりて這ふこの掌 篠懸の樹皮をまだ去りやまず


スーパーのレジにて配る鈴蘭(ミュゲ)一輪 ひとりわが黄なる肌にはくれず


聖母像 足もとに燃えるらふそくに焦げさうなわが影の黒髪


翔びたってしまはうかゴチック伽藍とは天に舞ふため屋根がみなぎる


かはせみの噂ひろまりさまざまなレンズが池を撃ちにくる朝


鳥獣戯画に入りたるさまのこの暮らし了(をは)らせてああ ひとを抱きたい


鬼蜻蜒(おにやんま)いつでも空(くう)に静止するあのみなそこに鏡あるはず




作者は、青山学院大学で日本文学の教授をされている。「ノートル・ダムの椅子」は第一歌集。(平成17年9月)
あとがきによると、フランス政府給費留学生としてパリに学んだ頃から短歌を始められたそうだ。
歌集は、千葉県市川市にある「真間の手児奈」から始まり、パリでの学生生活、帰国後、教師生活を詠った歌、父をしのぶ歌、そしてまたパリへ展開して終わる。
内省的な歌が多い。かと言って暗いばかりではないのだけれど、読者として置けぼりにされた気がしてしまう何首かもある。特に帰国後の歌は。
作者自身もパラドックスに陥っているのだろうか。
派手さはないけれど、こころにしみいる歌が多いと思う。
2007.07.20 Comment:0 | TrackBack:0
歌集の後半部分(『はじめに光ありき』『野菜涅槃図』『黒衣の虹』『生れ生れ』)より


身に余るなべて落とさむ樹もわれも秋のひかりに洗ひいださる/『はじめに光ありき』

柿若葉そよぎてひかる地(つち)の上われは人型のくびれを深む

葉の落つる発端を見む目も耳もひらきてわれも透きつつゆかな

白紙に置きて久しき万年筆こよひの影のゆるみゆくらし



虹消えてふたたびひろき空のもとありありとわれのうしなひしもの/『野菜涅槃図』

急きせきて改札をいづ夫の文字のあるべくもなき伝言板へ

生きゐし日の名前に冠するソフト帽「故」の文字すこし崩して書かな

わきまへのなくて乱るるコスモスを伊賀破れ袋の壷に投げ入れる



見て飽かず触れても飽かぬソフト帽 革の手袋みながらんどう/『黒衣の虹』

子にありて吾になき黒子(ほくろ)亡きひとの笑みて仄かにゆるむ口もと

喪をぬぎて息ふかぶかと吸ひ継がむ細胞六兆なほはづみつつ

寄りきたるはた去りゆける数々を思ひゐるかな われは冬の木



花の渦なして揺らぐを腕といふ早ういできて手を結ぼうよ/『生(あ)れ生(あ)れ』

みどりごは何故にみどりぞ艶めける産湯の足裏蚕豆に似る

すんすんと音の聴こえてふところ子すつくと立てりこの太郎月

氷塊の溶くる速さに温暖化憂ふる声はコップの中へ




後半部分は、それぞれの歌集ともボリュームがあり四首ずつ選んだ。
配偶者の介護、その死後、自身の怪我、短歌のこと、孫の誕生、社会詠が身辺雑記のように詠まれている。

『野菜涅槃図』にあった「虹消えてふたたびひろき空のもとありありとわれのうしなひしもの」は、私が春日真木子さんに興味を持ったきっかけの一首。
おそらく挽歌だろうと思っていた。
ご主人についての歌は、読んでいて辛い歌が多いのだが、「見て飽かず触れても飽かぬソフト帽 革の手袋みながらんどう」の「がらんどう」の突っぱね方が好きだ。
やはり、子や孫の歌は誰でも甘くなってしまうのはいたし方ないか。

春日真木子さんは同郷であるらしく、なんだかそんなことが嬉しい。
2007.05.19 Comment:0 | TrackBack:0
春日真木子歌集『火の辺虹の辺』(平成17年12月)を読み始めたところ。
短歌総合誌でいくたびかその作品に触れ、もっと詳しく読んでみたいと思っていた。

この歌集は、作者のこれまでの八歌集からの選出だそうだ。
(『北国断片』『火中蓮』『あまくれなゐ』『空の花花』『はじめに光ありき』『野菜涅槃図』『黒衣の虹』『生れ生れ(あれあれ)』)
歌集のタイトルは、あとがきに書かれていた「火にエネルギーを得、虹の弧にあらたな夢をもとめての作歌であったが、いま改めて自作品の歩みを振り返り、物の見方、言葉をありかたを見つめている」の思いに繋がっている。
集中には社会詠もあるが、前半は父母の思い出、母の看取り、孫の誕生、師の葬いなど、中年以降の女性歌人に相応しい歌が並んでいる。

まずは4つの歌集より私が好きと感じた歌を。
後半の歌は後日書きたいと思う。



妻なりし過去もつ肢体に新しき浴衣を存分に絡ませて歩む/『北国断片』

優勢にありたき時よ鳳仙花激しく割れて種子散らすべし

信じ合いて今宵眠らむ消灯のわが家めぐりて四月の雪積む


さくら木を仰ぐ咽喉もと膨らみていま昇りくる言葉を待てり/『火中蓮』

侘助を今日かりそめの顔として古陶の筒は裾ぬれてをり

ぎんなんをふふみて娘の鬱深し胎児は性を領つころなり


地球儀を日向にまはす幼子にアリスの捲毛そよぎはじめる/『あまくれなゐ』

傘ふかく擦れちがひたるのちおもふ仏の唇も朱かりしかな

ひねもすををんなのまなこ掻きおとす埴師にゆるる藤の花ふさ


さむざむと鏡を磨き浮きいづる虹の輪ひとつ母と思はむ/『空の花花』

冬のひかりしろくながれてリトグラフの疾駆の馬を逸らせてゐつ

さくら花目に溢るとも盲ひふるなひたひたと今寄せくるものを
2007.05.18 Comment:0 | TrackBack:0
ゆうやみに海の光はおとろへてフランス窓打つ白我来てゐる

ドンナ・フガータ白葡萄酒の大瓶はつめたき汗を纏ひて立てり

          ※ドンナ・フガータ・・・逃げた女


極月のラピス・ラズリの月の夜は解き流したる髪より冷えぬ

茫漠に居らず茫洋にゐるひつじ趾(あしゆび)冷ゆる夜に数ふる

琺瑯の鍋にココアを温めて恋猫のこゑ、のように甘くす

白玉の秋なほ暑き街上を漂泊の帽子かむりて行かな

熱き缶ひとつ吐くまでつつしみて自販機前に立ってゐるなり

朝の雨のひかりの雫こぼしをへ泣き足たひたる椿はしづか



        渡 英子『レキオ』より
2006.08.01 Comment:0 | TrackBack:0
<われ>の内のまあるきものを撮さんと白衣の人がひかりを放つ


目閉ずるべからずと言われ魚(うお)になる心も魚になりたきものを


まだ眠いわが目よ、起きよ 曇り日の宙を飛ぶ牛がテレビに映る


約束になかった地震 十一月がはじまって十一月の約束あれど


この世にはできるだけ少し残すべし たとえば写真はたった一枚


生きるとは「ただ日が暮れてまた朝がくるだけ」と言いし人を忘れず


人肌の燗(かん)とはだれの人肌か こころに立たす一人あるべし


夜の部屋の中心に置く白き杯 愁思の海を誰に語らまし


吹かれつつ冬の鷗がひるがえりモノクロームの渚がつづく


日本海、二月の波を見つつゆくワンカップの酒車窓にならべ


バーボンをバッファロー酒場(バー)で飲む夢はスタインベックの本へ戻しぬ


五百年垂直の杉 三角形(トライアイングル)のてっぺんを見し一人もあらず


じんじんと廻る時間の廻り跡 切り株に今日のほそき雨降る


形なきものが食いたし 歌舞伎町にこのわたとろろかにみそで飲む


米国を憎めずに来し日本の60年年よ 途方にくれて


絵の中に踊る男は左足をあげつつ四百年またたくまなり


地震(ない)くれば深く水漬かん地下駅のベンチに座る 君と並びて


大阪弁をしゃべるカーナビ 西空に虹でんがなと言いにけらずや


ケイタイタンカというはただよう火水木クリオネのごと透きてただよう


君の<われ>に私の<われ>を重ねつつ待っていたんだ 百年の船
2006.07.22 Comment:0 | TrackBack:0
採血器に立ち居し春の血液が十本となり提げられてゆく


午後の雨がつつめる家にわれはわが包丁を磨ぐ 鰤を待たせて


昨夜(きぞ)の風に千二百万男女の吐く息払われ秩父連山澄めり


十勝野の百年間に降りし雪、遠き雪、近き雪、今日積もる雪


掘りすすむときの楽しさ思うなり春のもぐらが盛り上げし土


若草山の上に登れば型どおりに花と大仏殿が見えて楽しも


雨あとの桃のちいさ実 葉の間(あい)に産毛ひからす 夏ちかみかも


湯につかり山のかなかなを聞いて居り 死ぬまで黙らぬつもりかおまえ


百年以上生き来し本を招集す 赤き老婆、青き老爺、茶の老法師


はまぐりを身を熱くせり 旨酒とはふはふはふの春の夕ぐれ


庭一面に降りて一夜を遊びたる桃の落ち葉よ 今朝は静まる


モジリアーニの女(ひと)ばかり座れる電車なりわが目の奥に血のにじめれば


秋分に今年はじめての蛇を見ぬ黄の薔薇ひらく下(もと)にしゅるんと


赤と黄のスキー板を並べ売り春の花屋のごとき明るさ


ジョニ黒を飲んで昔へ帰らんよ赤ラベル・コンビーフ缶を買い来て


濡れつつぞわがゆく山路 顔赤き雉子のおのこも濡れつつあらん


夏の梅身震いをしてよろこべり わが撒く朝の水の愛撫に


見下ろせばネオンの町に一本の町の縫い目のはしれるが見ゆ


鳥の目を楽しみしのち 魚の目を思いつつ飲む 百年の孤独


しずかなる鉄棒ありて公園にほそき雨ふる あさぼらけかな
2006.07.22 Comment:0 | TrackBack:0
左手(ゆんで)もて右指にガーゼを巻くときにわが半生のふいに愛しも


布の花グラスにさはに挿し入れてこの世にはなき水をそそげり


さはさはと甕に挿す百合夜の更けにゆるき書体のごとくほどけつ


巻くよりも折るを好めり紙と紙ひらたくさむく身を寄するゆゑ


白薔薇が枯れいそぐ冬誰かわれに最上級形容詞贈りくれぬか


子に送る母の声援グランドに谺(こだま)せり わが子だけが大切


十月の跳び箱すがし走り来て少年少女はぱつと脚ひらく


アイロンの熱きくちばしワイシャツに押し当て唄ふ<遠くへ行きたい>


舌びらめの半身に胡椒をふりながらのっぺら坊の夜がわれに来る



        栗木京子歌集「綺羅」(平成6年)
2006.07.21 Comment:0 | TrackBack:0
観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)


紫陽花の小弁の花を摘むごとく呼び出され君と逢ひし日のあり


トルソーの静寂を恋ふといふ君の傍辺(かたへ)に生ある我の座らな


夜道ゆく君と手と手が触れ合ふたび我は清くも醜くもなる


少しづつ逞しくなり少しづつ疎まれはじむ迷ひ仔猫は


職場といふ穴より夕べ這ひ出でて賑ふ街にスカーフを買ふ


舞ふ雪とその影と地に重なれり子音を追ひて母音降るごと


いづこへとひかれゆく子か抱(いだ)きても抱きてもからだかしげて眠る


子の乗りし眠りの舟をゆすりやる再び覚めて岸に着くまで


カステラに泌みゐる光ひとひらづつ切り分けながら我が冬を閉づ


排泄し排泄し春に向かひゆく季節か宙(そら)を軋ませて雪


花束をほどけば細き茎をもつ花のさびしく顔そむけ合ふ


すっぽりと冬の咽喉(のみど)に呑み込まれ謎々を出す子と向かひおり


冷えすぎのメロン家族(うから)に切り分けて夫の肩書きに我も列なる


人にまぎれ回転扉押すやうに幸せにふと入りゆけぬか


嘘なれど希(ねが)ひもてれば満ち足りて友に短き近況を書く


異星人いくたりまぎれゐるならむスクランブル交差点扉のごと開く


鶏卵を割りて五月の陽のもとへ死をひとつづつ流し出したり



         栗木京子「水惑星」昭和59年

2006.07.20 Comment:0 | TrackBack:0
2004年08月06日
「死ぬために生きる」
郷隼人歌集「ローンサム・ハヤト」より

「生きるために食う」獄中にいつか死ぬため生きる我は「籠の鳥」(ケイジドバード)



先に述べたように、郷隼人さんは無期懲役刑を受け服役中です。
彼がどんな罪を犯したのか私は詳しく知る由もなく、またわざわざ知ろうとも思わない。
短歌を読んでわかることは、殺人を犯したということ。
日本では殺人で無期懲役になるというのは、かなり悪質で残虐な場合だと思うが、アメリカの司法の基準は知らない。
また日本では無期懲役であっても、服務態度によっては出所できる可能性があるが、アメリカは非常に困難らしい。


「毎日のビタミン剤を欠かさずに摂り健康に留意する死刑囚」の歌と同じように、人が生きるとはどういうことかを審問されているような気がしてくる。



人は生まれた瞬間から死に向かって生きている。
死ぬために生まれてきたと私は感ずる。
ならば命ある間は、せいぜい愉快に生きたいものだ。
2004.09.02 Comment:0 | TrackBack:0
郷隼人歌文集「ローンサム・ハヤト」より

歳時記を繰りて学びぬ花の色 黄の待宵草 白の月見草



月見草は夏の季語。花の色は純白。昼に花が咲くことはない。花言葉は、ほのかな恋。

一般には黄色の大待宵草を「月見草」と間違えて認識している。月見草と待宵草はまったくの別物。
太宰治『富士には、月見草がよく似合ふ』(『冨嶽百景』の一節)の月見草は、本当は待宵草だったといわれている。このことから察して、昭和のはじめにはすでに誤用されていたようである。

月見草は北アメリカ原産。幕末ごろ日本に伝来したそうだが、待宵草と比べて繁殖力が弱かったようだ。よく見かける花ではない。以前一度だけ、信州のあるところで「これが本当の月見草です」と教えられて見たことがある。まだ苗の段階で花を咲かせるほどでなかったが、待宵草とは姿形が違っていた。

http://www.h5.dion.ne.jp/~kibori/room/tukimi.htm

「月見草」と言う美しい名前を埋もれさせておくには惜しく、風流人たちは待宵草にこの名前を預けたのだろうか。
2004.08.30 Comment:0 | TrackBack:0
郷隼人歌集「ローンサム・ハヤト」より

毎日のビタミン剤を欠かさずに摂り健康に留意する死刑囚



人は何のために生きているのか、あらためて考えさせられる。

死刑囚ということは、殺人を犯したのだろうと思う。
他人の命を奪ったものが、自分の命を永らえさせようとする。
どうせ死んでしまうのに。
滑稽で悲哀に満ちた一首。

人殺しの懺悔の念で、悔い改めるために生きている?
それは、甘っちょろいセンチメンタリズム。
人はどこまでも「生」に執着している。
生きる目的などなくても生きてはいける。


「私」は何のために生かされているのか?
理由などない。
生かされているなんて考えてはいけない。
死なないから生きている。
ただそれだけのこと。



<郷隼人氏について>
郷さんは、約18年前にアメリカで終身刑を受け、現在も服役中の日本人です。
いつの頃からか忘れたけれど、朝日新聞に掲載された郷さんの短歌を目にしてから、その歌の心に動かされました。
年老いた母への思い、望郷の念、失わない希望、自分への戒めのために詠まれた歌の数々。短歌を詠むことによって、自分自身を救っていることを自覚しておられます。
そんな郷さんの歌をこれからも読ませてほしいと願っています。
2004.08.29 Comment:0 | TrackBack:0
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