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第九回高瀬賞受賞

「冬に」/小島厚子

全身にゆきのにほひをまとひたるこどもがをりぬ。ほら、わたくしが。

なにもかも忘れたふうに手をふつて赤きマフラー行つてしまひぬ

顔半分おほふマスクにはんぶんのわたくしとなり浮遊してをり

月光がただつくねんと照る坂に電信柱の影がねころぶ

三月がスキップしながら蹤いてくるバターナイフを買ひにゆく道


                  全15首より抜粋
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2010.07.03 Comment:0 | TrackBack:0
冬型の気圧配置/谷村はるか



冬の木はよく鳥を見せ鳥こそはつぎの世までの裸の者ら

使い余しの証明写真並べれば見開きすぎの若い頃の目

人のためつくるテープは息を止め録音ボタンに指のせていた

長渕が女ことばで詞を書いていた頃たくさん友達がいた

ベランダからとなりの町の木きょうは近い縦に体液流れる朝を

晴れ空が白っぽくなり関東のさほど長くもない冬終わる

国道、県道、補助道 山へ入りゆきやがてあなたに降りくる霧よ

山道をあなたが下る夕暮れにわたしは人の名のついた坂ゆく


                  (2月6日朝日新聞「あるきだす言葉たち」より)


たにむら・はるか
1971年東京生まれ。
「短歌人」「Es」所属。
歌集『ドームの骨の隙間の空に』(青磁社)
2010.02.06 Comment:0 | TrackBack:0
14日に開かれた「歌会始の儀」の新聞記事より。今年のお題は「光」。

天皇陛下
木漏れ日の光を受けて落ち葉敷く小道の真中(まなか)草青みたり

皇后さま
君とゆく道の果たての遠白(とほしろ)く夕暮れてなほ光あるらし

宮内庁によると、天皇陛下は昨年の新緑の季節に、吹上御苑内の小道を散策していた時に見た情景を詠まれた歌。皇后さまは結婚50年を迎えた昨年4月ごろ、暮れなずむ皇居の中を陛下と散策したときの印象を詠まれたそうです。
ほかの皇族方の歌に比べて、おふたりの歌はいちだん上だと思いました。


入選者
長野県 久保田幸枝さん(72)
焼きつくす光の記憶の消ゆる日のあれよとおもひあるなと思ふ

入選の中では、この歌がいちばん佳いと思います。作者の幼少時の戦争体験でしょうね。下の句「あれよとおもひあるなと思ふ」に胸を打たれます。
2010.01.15 Comment:2 | TrackBack:0
<宇宙飛行士帰還>

夏草の茂れる星に還りきてまづその草の香を云ひし人
2010.01.01 Comment:0 | TrackBack:0
うわのそら、ってどこですか手をつなぐ右のカエデと左のケヤキ

似ていない木と木の間あるいたら「きつねの窓」のかたちの空だ

おしえないたちどまらない菱形の窓はひとりでのぞきこむ窓

「あるく木」と「そだつ木」に会うものがたり中途半端な樹は揺れるだけ

眼であるとすればおおきくおそろしく狐の影のひとみはひかる

こっそりと鏡を(きみを)見上げてた下りの(秋の)エスカレーター

ひとさしゆびおやゆび空をきりとって桔梗の青がきえないうちに

灰色の雪がうまれておちてくるそれまでずっと窓をみあげる


やすたけまり
61年、愛媛県生まれ。京都府在住。
「ナガミヒナゲシ」30首で第52回短歌研究新人賞受賞

2009.12.19 Comment:0 | TrackBack:0
<ら抜き語>も<とか弁>もみな根づきたり かのいいでれこ、さのいいでれこ/高野公彦『まむし草』


現在発売中の角川『短歌』11月号の高野公彦さんの巻頭作品30首より。
11首目に置かれたこの歌、一読「なんのこっちゃ?」と思った。下の句の「かのいいでれこ、さのいいでれこ」
凝視すること数十秒・・・あっ!
さかさ言葉なんだ。
「これでいいのか、これでいいのさ」
すごいなぁ。遊んでる。
2009.10.28 Comment:0 | TrackBack:0
まつむしがまことちんちろりんと鳴くもう一度聴くためのクリック/今野寿美『かへり水』より


歌人・荻原裕幸さんのブログ(10月19日)で紹介されていた今野寿美さんの第8歌集の歌。ちょうど今とりかかっている題詠ブログの41番目の題が「クリック」なのだが、こんな歌を詠みたいものだ。詠めるかどうかは別の話だけど。



2009.10.25 Comment:4 | TrackBack:0
簡明に言葉短く打ち交わすメール意外にわが性(しやう)に合ふ/蒔田さくら子


現在発売中の『短歌研究』11月号に掲載されている作品「猩々緋」(30首)より。

夏の大会が終った後の二次会(居酒屋)の席で、蒔田さんが携帯メールを打っておられたのを覚えている。
というか、忘れられない。なにかとても感動してしまったのだ。



2009.10.21 Comment:0 | TrackBack:0
或る晴れた日のディテール/佐佐木頼綱



トウモロコシ畑静かに吹かれおり夢見れぬ夜が乾いておらん

灯し火のしずけさ深し野菊らがつぼみを開く沢の朝にも

梨畑へ続く枝道閉ざされて思えば未だ熟さぬ香り

野に種を埋めゆく午後の暖かさコスモスの茎黒く立ちつつ

「雲みたい?」シーツまといて見せている彼(か)の汗の香やがて雨に

頑なに口ごもる汝よ傷つきしものの上には空高きかな

リンネルに遮られし陽が軋む音 空遠くまで晴れているらし

忘却の色は真緑 美しき春の森にはオオルリが鳴く




ささき・よりつな 79年、東京生まれ。「心の花」所属。

2009.10.18 Comment:0 | TrackBack:0
かたはらの秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな/若山牧水
2009.09.30 Comment:0 | TrackBack:0
mukuge14.jpg

日記に朝顔のことを書いたので、朝顔についてではないがちょっと思い出したことを。

万葉集に詠まれた「あさがほ」は、桔梗か木槿のことだったという説がある。なぜ桔梗ないし木槿が「あさがほ」と呼ばれていたのかは諸説あるようで、現在は桔梗説のほうが有力らしい。

桔梗は風情がある花だが、詠もうとするとイメージが単一で書き割りのような歌になってしまわないだろうか。好みの問題だろうけれど、木槿には清々しいイメージがあって、わたしは詠みやすく思える。それに木槿の花が風にゆれているさまは、「ここにいらっしゃい」と手招きされているようでとても心やすらぐのだ。
小池光さんの歌集『草の庭』に次のような歌があった。

雨の間のひかりのなかにかなしめる木槿は白き朝鮮のはな/小池 光

木槿は、朝鮮の国花で無窮花(ムグンファ)と呼ばれているそうだ。朝鮮の国名には「木槿の花が咲いている場所」という意味があるという。
小池さんの歌は、斎藤茂吉の歌が下敷きになっているのだろうか。

雨はれて心すがしくなりにけり窓より見ゆる白木槿(しろむくげ)のはな/斎藤茂吉



写真は、季節の花300様よりお借りしました。
2009.09.24 Comment:4 | TrackBack:0
彼女の記憶の中での最良のポップソング/堂園昌彦


君がヘリコプターの真似するときの君の回転ゆるやかだった

青空を見下ろしたくてその昔君が道路に置いた手鏡

幻想の横須賀線に手を振ってありし日の音楽を聞き流す

リフレイン続くときだけこの部屋に溢れて飛んでいく夏鴉

口ずさむたびにあなたは夏の日の藤の匂いを生き直すよう

ほほえんだあなたの中でたくさんの少女が二段ベッドに眠る

私たち歯を磨いては美しい鯨の睡眠を話し合う

長い長い季節のまぼろしからずっと生えていた向日葵が今朝開く



                          9月19日朝日新聞夕刊より

どうぞの・まさひこ
83年、東京生まれ。
「コスモス」「pool」所属。
ブログ「冬陽の中の現代詩文庫」

2009.09.19 Comment:0 | TrackBack:0
物語/生沼義朗

角は武器、ゆえにとことん<アフリカの角>は争いまみれとなりぬ

世界とは憎まれるためにこそあらむ、コカ・コーラ中身もろともに毀(こぼ)たれ

物語の失効という物語ひとかかえにして表に行かな

無重力のあこがれや映像のなかの花びらゆっくり降る

尋常の尋とは何ぞ モノサシはおりおり他人よりもたらされ


                         8月30日毎日新聞より



おいぬま・よしあき
「短歌人」[sai]所属


2009.08.30 Comment:0 | TrackBack:0
hinage1.jpg

第52回短歌研究新人賞
ナガミヒナゲシ/やすたけまり



なつかしい野原はみんなとおくから来たものたちでできていました

ゆれていたニワゼキショウもスズガヤも酒屋のあかい煙突の下

そらのみなとみずのみなとかぜのみなとゆめのみなとに種ははこばれる

ある年の数字がならぶ「ナガミヒナゲシ 発見」と検索すれば

その年にどこからかわたしも着いた陸半球の縁ぎりぎりに

ちいさくてかるいからだはきづかれずきずつけられず運ばれてゆく

夥という字を書いてみつめる実のなかにぎっしりとある意思をみつめる

ちがう生きものになりそう石けんの香りのつよい箱に入れたら

砂時計はんぶんにした実のかたち国道沿いに殖えてゆくもの

完璧なロゼットになれなくたって体育座りで空をみるから


やすたけまりさんの「ナガミヒナゲシ」の中から一部を紹介させていただきました。全部読みたい方は、短歌研究9月号をごらんくださいませ。

やすたけまりさん、おめでとうございます。
ナガミヒナゲシをモチーフにして、作者が帰化植物と同化しているとまで思わせて面白く読みました。後半、孤独感を感じやすかった子ども時代の回想になり、それも決して悪くはなかったのですが、ちょっと視点がずれてしまったのが惜しまれます。30首一貫するというのは、難度がさらに高いわけですね。
ちなみにわたしが、30首の中でいちばん好きと思ったのは、「完璧なロゼットになれなくたって体育座りで空をみるから」です。
やすたけまりさん、今後のご活躍をお祈りしています。



画像は、季節の花300様よりお借りしました。
2009.08.21 Comment:7 | TrackBack:0
たんぽぽ/内山晶太

たんぽぽの河原を胸にうつしとりしずかなる夜の自室をひらく

舟ゆきてゆりあがりたる池の面は眠れる人に顔にあらずや

口のなかに苺の種のよみがえるくもれる午後の臨海にいて

通過電車の窓のはやさに人格のながれ溶けあうながき窓みゆ

抜け落ちてゆくかなしみの総量をしらず昼間の部屋にふるえつ

たんぽぽはまぶたの裏に咲きながら座れり列車のなかの陽だまり

掲示板に電光ながれゆくさまのなめらかなりき冬を思えば

遮断機の警鐘鳴りていくつもの余韻はくらき海を見せたり



うちやま・しょうた
77年生まれ。「短歌人」「pool」同人。
98年、『風の余韻』で第13回短歌現代新人賞。

2009.08.06 Comment:0 | TrackBack:0
壊すとは造ることより美しく解体工場解体されぬ


空を指すクレーンの先に触れたくて手をのばしおり春の日のなか


飛行船あやうく空にうかびおり壊されるため造られていく


わたしがピアノなら低く鳴るだろう誰が弾いても(あなたの手でも)


セミダブルベッドくらいの曖昧がいいと思いぬゆるく抱かれる


銀河から降りくるすべてのものたちを受けとめるためひろげる手のひら


逢いたくて九段まで来ぬ広島の男に弾かせるわれのオルガン


武道館の上にも原爆ドームにも同じ光が射すよ 満月


おかざき・ゆみこ 76年、山形県生まれ。「未来」所属。歌集に『発芽』。

2009.06.27 Comment:0 | TrackBack:0
リビングで水中眼鏡つける子の呟くくらいせかいがくらい


幼稚園児の母なれば袋掛けさるる果実のように過ごせり


仙台市指定ゴミ袋かけられれば雨に濡れられぬ芍薬の花


この夏の約束として手花火の徳用パックをレジへと運ぶ


スニーカー、靴下、ハンカチ、うわさ話、夜に濯げばほのかに香る



                  駒田晶子(心の花所属)


2首目の「幼稚園児の母なれば袋掛けさるる果実のように過ごせり」は、一読ではわかるようでわからない。袋掛けされているような、幼稚園児の母(作中主体)とは、つまり社会から隔離されているという意味だろうか。
子育て中の母親が、社会との疎外感を持つのは不思議ではない。幼稚園児の母親に限ったことではないと思うけれど。生まれてきた子が可愛くて夢中で子育てしていた頃に比べたら、自分がおいてけぼりにされているように感じることは増えると思う。子どもが幼稚園に行っている間の、ひとりの時間(吾に返る時間と言おうか)を持て余してしまうだろう。

3首目「仙台市指定ゴミ袋かけられれば雨に濡れられぬ芍薬の花」もまた、作中主体の心理は2首目と同じと思われる。芍薬の花を長く持たせるためには、雨風を避けよと『芍薬の育て方』にあった。ほんとうは芍薬は雨に濡れたいかもしれない。「雨に濡れられぬ」としたところに、屈折した心情が見える。ただのゴミ袋でなく、「仙台市指定ゴミ袋」としたのは面白い。
2009.06.25 Comment:0 | TrackBack:0
ハモニカをはなさぬ夏のきづくこときづかるることなき声変はり


中吊りのない車内です。潮風です。二輌後ろに母が見えます。


海の裾めくれぬために置かれたる桟橋ありてはだしが渉る


潮風に息を奪はれ吾々が異なる高さに見る水平線


今日、星の遠心力はおだやかにして径の上(へ)に揚羽蝶あり


花積めばはなのおもさにつと沈む小舟のゆくへは知らず思春期


転んでも転んでも夏 くさはらをジーンズの膝みどりに染めて


たどりつく血のひきかへす指先を炎天直下のくるぶしに置く



みつもり・ゆうき 79年生まれ。京大短歌会出身。特定歌誌には属さず作歌。
「空の壁紙」(50首)で第54回角川短歌賞。

2009.06.06 Comment:0 | TrackBack:0
朝日新聞5月16日夕刊より


なべて喪となる/黒瀬珂瀾


かの夜はくれなゐの父生きてゐてきびなごの屍にレモン搾りぬ

朱鷺色といふ色ほろびゆかむかな空の奈落が地を包むゆえ

吾をまだ友と思ふか早朝の気を吸ひながら掃き出す灯蛾

父死して後のなべては父の喪か水張田に水見渡すことも

藤棚に夜露のごとく花序ありて我が人生の脇役に吾

数珠の紐縒(よ)りつつ思ひ出すララァ・スン少尉その前職娼婦

はつなつの白雪罌粟や選ばれて咲くとは硝子越しの残酷

みな人は遺族であれば此れの世に吾が遺すべき汝(な)が耳を噛む



黒瀬珂瀾(くろせからん)
77年生まれ。「[sai]」「未来」「鱧と水仙」に参加。
歌集に『黒輝宮』『空庭』

2009.05.16 Comment:0 | TrackBack:0
4月25日朝日新聞夕刊より


いい事が飴玉のように在ればいい春に吹かれつつ漕げり自転車/花山周子

ああ杉が林立していてこの国の険しさ暗く覆いつくせる

入れ替わり立ち替わり入る白き蛾を監視カメラが夜通し映す

くり貫かれたように赤かりチューリップ本日人みなわれに背けり

ゆりかもめ渦巻いている空間にわれの涙も混じりいるかな

小糠雨地を湿しいる明るさの父の磨いた薬缶が光る

伐採さるるときに最後の花粉をば吐きて倒るる杉を思えり

ここまでは届かない波見下ろしぬ白く眠たいテトラポットに



はなやましゅうこ
80年生まれ。「塔」所属、「豊作」同人。
歌集『屋上の人屋上の鳥』



歌人・花山多佳子は母親。歌人・玉城徹は祖父にあたる。
2009.04.26 Comment:2 | TrackBack:0
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