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郷隼人歌文集「ローンサム・ハヤト」より

「冬の陽はさっと沈んで寂しくて 夏の日ゆっくり沈む寂しさ」



冬の陽だまりの暖かさは、母の無条件の優しさにも似て懐かしく離れがたくて、夏の夕暮れは、友と駆け回って遊んで日が暮れて「また明日」と繰り返す別れがたさを思い出す。
時間だけが過ぎ行く。破綻した夢。囚われた体。ままならぬ自分への焦燥。緩やかな諦め。この歌にそれを感じる。
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2004.09.30 Comment:0 | TrackBack:0
川原の石を拾えば日表と日裏の温かさちがう秋晴(横須賀市・丹羽利一)


炎天を寡黙に耐えてわずかずつ水溜めながら夕顔太る(秋田市・渡辺悦子)


にがうりは畑たちまち覆いたりつぎつぎ実る猛暑の恵み(高崎市・門倉まさる)
2004.09.28 Comment:0 | TrackBack:0
トリンプ下着川柳コンテスト入選作より

「冬ソナを勝負下着で見てる母」


冬ソナ現象、ここまできたか。テレビ画面の中のヨン様のため?、勝負下着を着けるのめりこみ具合が凄い。
2004.09.26 Comment:0 | TrackBack:0
夏萩のこぼれ散るまも恋やまず  黄菜子


この句は、5、6年前にある人に誘われて句会に体験参加させていただいたときに作りました。
俳人の黛まどかさんが主催されている女性だけの俳句勉強会で、当時は「マドンナ句会」と言っていたように覚えています。この日は、20人近いマドンナ達が集まっておられました。黛まどかさんは、実物もとてもお美しい方でした。

私は短歌も俳句も師について学んだことがない、まったくの自己流。句会というのも初体験でした。
各自がお題にそってまたは自由に作句したものを無記名で投稿し、その句に対して他の人が投票するという形式でした。
この句はかなりの高得点をいただきましたが、今から考えれば、ビギナーズラックだったのでしょう。他の皆さんは勉強会を重ね、お仲間のクセも熟知しておられたでしょうから、「あ、この句は新しい方のね」とピンとこられていたかも知れませんね。
もしかしたら、そういう意味の点も入っていたかも知れませんね。
黛まどかさんの反応はというと、はっきり批評するのを避けておられた感じがありました。
戸惑いを含んだ笑顔が「そうなんですか」とおっしゃっているようで。この句の中の私の気持ちを見透かされたような、そんな気がしました。

短歌と俳句の違いは、短歌は三十一文字、俳句は十七音というだけでなく、基本的に「我」の存在を絡ませていくのが短歌。そこに我を関わらせず我の思いは余韻に語らせるというのが俳句だと思います。
私は十七音で完結させるべき世界にも「我」を関わらせてしまう。上の句を通して、自分は短歌向きなのかも知れないと思い今に至っていますが、句会参加はこれより後にもなく、誰にも批評されることがない自己満足で創作を続けています。このままでいい、わけはないけれども・・・。
2004.09.22 Comment:0 | TrackBack:0
いつだったか、新聞に掲載されていた丸谷才一氏のエッセイで「内の美と外の美」として、日本人の美意識について書かれていて興味深く読んだ。
文中に古代日本語のふたつの助詞「ガ」と「ノ」についても触れられていたので、一部抜粋させていただく。

*****抜粋はここから*****

ガは「我ガ背子」「父母ガため」のように、自分ないし自分と近いものを受ける。
ノは「漁夫ノ子ども」「諸人ノため」のように、それ以外のものを受ける。
前者を内扱いのガ、後者を外扱いのノと言う。
「梅ガ枝」という言い方が固定しているのは、梅は庭に植えるのが基本の形だったからだろう。
「桜ノ枝」が標準的な言い方なのは、桜は山のものだったからに違いない。しかし『新古今』撰入の西行の詠に

吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな

がある。「さくらガ枝」という異例の用法に注目したのは、私の知る限り折口信夫ただ一人で、彼はこれをもって西行がすでに長く吉野に済んでいたということがわかると言う。
つまりこの隠者は吉野山を自分の庭みたいなものとして意識していた。

*****ここまで*****

古代語法とはいうものの、短歌の世界では今も「ガ」も「ノ」も多用することがある。文語体で作歌をしているとき、「うーん、「ガ」のほうがいいかな?やっぱり「ノ」かな?」なんて戸惑うことがたまにあるけれど、この基本を用いれば間違いないということか。でも、短歌はリズムも大切であるから、「○○の○○の○○の・・・」と続く、リズミカルな歌はとても面白いと思う。
2004.09.21 Comment:0 | TrackBack:0
泳ぐ人もうなき浜に打ち寄せる千切れひじきの匂う淋しさ(山口県・宮田ノブ子)

孫たちの帰りし後のゴム風船日一日と小さくなりゆく(東京都・志摩華子)





暑い夏が終わった。そこはかとなく残る一抹の淋しさが歌われています。
2004.09.20 Comment:0 | TrackBack:0
9月17日(金)朝日新聞夕刊「ARTIST MEETS ARTIST」より
バイオリニスト・千住真理子さんの言葉。

「そう(天才少女)いわれたために、ずっと『天才弾き』をしなければならなかったんです。たとえば速く弾くところはびっくりするほど速く弾く。大きい音を出す、とか。そうすると聴衆が沸く。その路線でいるためには、1日に14時間ぐらい練習しないと維持できないんですよ。それで20歳ぐらいのときに、疑問に思ってバイオリンをやめてしまったんです」

『学者弾き』というもあるそうです。『天才弾き』の対極の意味かしら?
2004.09.18 Comment:0 | TrackBack:1
04.5.10 朝日歌壇掲載歌より

この瞬間爆破されたらと思うこと習慣になりし地下駅構内(アメリカ在住の方でした)


特にニューヨークに住んでいる方は、3年前の恐怖を決して忘れることができないのでしょうね
2004.09.11 Comment:0 | TrackBack:0
新しい健康保険証に切り替わった際に、当然ながら娘の名前が消えてしまいました。
いまだ娘宛にDM類は届きますが、やがてそれも来なくなるでしょう。
彼女の存在は、こうして世の中から消えていくのですね。


当てはまる人なきことを知らずして 届く晴れ着のダイレクトメール   黄菜子
2004.09.07 Comment:0 | TrackBack:0
罰のごとく八月であるこれでもか暑いか独りかまだうた詠むかと(横浜市・神野志季三江)


ほんとうに暑い夏でした。
こんな夏にもかかわらず、私も短歌を詠んでいました。
娘のお葬式の日にも。
2004.09.06 Comment:0 | TrackBack:0
2004年08月06日
「死ぬために生きる」
郷隼人歌集「ローンサム・ハヤト」より

「生きるために食う」獄中にいつか死ぬため生きる我は「籠の鳥」(ケイジドバード)



先に述べたように、郷隼人さんは無期懲役刑を受け服役中です。
彼がどんな罪を犯したのか私は詳しく知る由もなく、またわざわざ知ろうとも思わない。
短歌を読んでわかることは、殺人を犯したということ。
日本では殺人で無期懲役になるというのは、かなり悪質で残虐な場合だと思うが、アメリカの司法の基準は知らない。
また日本では無期懲役であっても、服務態度によっては出所できる可能性があるが、アメリカは非常に困難らしい。


「毎日のビタミン剤を欠かさずに摂り健康に留意する死刑囚」の歌と同じように、人が生きるとはどういうことかを審問されているような気がしてくる。



人は生まれた瞬間から死に向かって生きている。
死ぬために生まれてきたと私は感ずる。
ならば命ある間は、せいぜい愉快に生きたいものだ。
2004.09.02 Comment:0 | TrackBack:0
『贈る言葉』小原國芳著より

人間苦労が必要である。生きた人間学が絶対に必要である。
人生の苦労の分からぬ、人間の苦悩の分からぬ人。貧乏と迫害と、経営と恋愛と事業と研究と病苦と・・・それらのいたいたしい体験のない、血のにじみ出るような苦悩のない人は、到底、人として、親として、夫として、妻として、教育者として、裁判官として、社長として、頭取として、農場長として、統率者として・・・の資格がないのである。
だから、歯の痛かったことのない人、お腹すら一度も痛かったことのない人、叱られたことのない人、なぐられたことのない人、汗を流したことのない人、誤解されたことのない人、借金したことのない人・・・は全く気の毒な人たちだといえる。人間通なれ!



*小原國芳
1887~1977 鹿児島県生まれ 玉川学園創立者
2004.09.01 Comment:0 | TrackBack:0
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