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「かりがねも既にわたらずあまの原かぎりも知らに雪ふりみだる」  斎藤茂吉


『白き山』(昭24)所収。整然の最終歌集。茂吉は昭和21,2年当時、生まれ故郷に近い山形県大石田町に疎開していた。大戦中の言動が否定されたため大きな打撃を受けていた。重い病にもかかった。そのようなうちひしがれた心境で作られた歌だが、次の一緒とともに『白き山』を代表する名歌として有名になった。「最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも」。「知らに」の「に」は否定の助動詞。



同じ「かりがね」(雁)を読み込んだ歌に「このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へむかふ雨夜かりがね」がありますが、こちらは、敗戦の哀傷を詠んだものといわれています。

茂吉は長崎医大の医師をしていたことがあり、長崎で詠んだ歌にも良いものがあります。「長崎の昼しづかなる唐寺や 思ひいづれば白きさるすべりの花」。これはさだファンにはかなり知れわたっているでしょうね。
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2004.11.30 Comment:0 | TrackBack:0
故郷の駄菓子屋の店守り居し婆さま今も婆さまの不思議(横浜市・桑田よし子)
2004.11.29 Comment:0 | TrackBack:0
一句捨て一句を拾ふ時雨の忌(熊本県・井芹眞一郎)



季語:時雨忌
季節:冬



俳句や短歌をつくる人は、きっとみなこの句に共感すると思う。
短歌の場合も、詠んではみたものの、どうも落ち着かないときには、上下の句を入れ替えたり、もっと的確にいい得ている言葉はないかと探したり。ほんと、一句を捨てて一句を拾う、その作業の繰り返し。

時雨忌は、松尾芭蕉(まつおばしょう)の忌日。
陰暦10月12日に没したので、その季節にちなんでいう。芭蕉忌とも言う。
2004.11.29 Comment:0 | TrackBack:0
11月20日(土)朝日新聞「Be business」のジャーナリスト・莫邦富(モーバンフ)さんのコラムの中に「天籟」という言葉を見つけた。紙面では「籟」ではなく、竹かんむりの下に「頼」と書くように見えたけれど、「天籟」としても同じ意味を持つようなので、ここでは「天籟」とする。

「天籟」は、中国で発売されている日産自動車の「ティアナ」の呼称らしい。中国では、日本車で一番評価が高いという。「天籟」とは、もともと、川のさざなみ、竹林を撫でる音、鳥のさえずり、虫の鳴き声・・・・など、自然の息吹ともいえる音を表現している言葉だそうだ。

たいてい高級車を宣伝するときは、疾走感、豪華さ、近代的といったイメージを強調する。だから「天籟」は従来の手法とはかけ離れた命名といえる。しかし、消費者はそのメッセージをきちんとキャッチした。
「車名から山紫水明の大自然を連想した。エンジンの音も大自然への回帰を感じさせる」(中略)海南省のリゾートで「天籟」に試乗したある中国人は、車をビーチに止め、潮騒に溶け込むエンジンの音に耳を傾けたという。
中国最大のポータルサイト「新浪網」の調査によると、消費者の7割が、車名が売れ行きに影響すると答えている。もちろん、日本でも商品名は重要だろう。しかし、カタカナを使って単純に音訳する日本人と比べ、中国人は漢字表現にこだわる。


日本人には「天籟」はあまりピンとこないと思う。もっと身近でわかりやすい言葉はないだろうかと考えてみた。漢字では思い浮かばなかったけれど、「1/fゆらぎ」なら意味が近いかな。でも「ゆらぎ」という名前の車には、ちょっと乗りたくないかもね(^^;)
2004.11.25 Comment:0 | TrackBack:0
冬の日や仁王の胸の木目縞  (道官 佳郎)


季語:冬の日


仁王は、寺の門の左右に置かれている金剛力士像のこと。仏法を守護する神。口を大きく開けた“阿形”(あぎょう)と、ぎゅっと口を結んだ“吽形”(うんぎょう)の二体が向き合いように立ち、一対となる。これが「阿吽」(あうん)の形。阿吽とは、相対するもの。「阿」は万物の初め、「吽」はその終わりを意味する。密教では、菩提心と涅槃にあらわしている。


大きな寺だと拝観客も多く、仁王像を見逃しがちかも知れない。観光シーズンや初詣のときは、この句のようにじっくり立ち止まって見ることはできないかな。
東大寺・南大門の仁王像はとても大きく、恐ろしく感じられたほど。法隆寺の仁王像も忘れらない。
仁王像の裸の胸が、冬の日ざしにくっきりと木目をさらしている。時間を超越して、神と向き合った一瞬の永遠を切り取ったような句。句そのものも、きりっと立っているようで、いい。


作者・道官 佳郎(どうかん よしろう)
戦後十代の頃に俳句の手ほどきを受けるが、のちに経済人となり、平成になって再び作句をはじめられたそうだ。上の句は、『星砂』(平成15年出版)に収録されている。続きを読む
2004.11.24 Comment:0 | TrackBack:0
ほの暗き避難所の床で大地震(ない)におびえすくめる我の小さき (新潟県・五十嵐とみ)



10月23日の新潟中越地震から1ヶ月。死者40人、重軽傷者約2860人、家屋被害は約5万棟を越え、今なお約6800人が避難所暮らし。屋外でテント生活する人もいるという。
新潟日報によると、「建設予定の仮設住宅約3500戸のトップを切って、長岡市千歳一の長岡操車場跡地の仮設住宅の一部190戸が本日完成、24日に入居が始まる。遅いところでも12月15日ごろに完成する。」そうだ。



抱きかかえ抱きかかえられ救わるるオレンジ服の中に幼なは (茅ヶ崎市・富沢真)

地震(ない)五日救い出されてトラックに闘牛天へ高らかに鳴く(飯田市・熊谷勝子)


被害総額は、阪神大震災の3割に当たる3兆円程度と新潟県は試算している。がけ崩れ現場から奇跡の生還をした小さな男の子は、おととい3歳になったそうだ。家族は「お母さんとおねえちゃんは天国に行った」と説明しているという。



まもなく雪がやってくる。季節は止めることができない。せめて被災された方々が、暖かい部屋の畳の上で年の瀬を迎えられることを願ってやみません。
2004.11.23 Comment:0 | TrackBack:0
東京交通会館15階の回転レストランから、夜の町を見た。1周80分。駅前の一角が暗闇に包まれている。再開発で、昔ながらの飲食店が消えつつあるという。あたりは戦後、「ラク町お時」の稼ぎ場だった。(中略)
今月1日現在、有楽町の住民登録者は33人。「お時」を知る人は、ほとんどいない。


11月20日(土)朝日新聞・14面「東京」の記事の「ラク町お時」という言葉が気になった。記事を続けて読んでいくと、「お時」という名前の女性で、戦争で家族を失い、食べるために街娼をしていたことがわかる。ネットで検索してみたら、『風俗見聞録』という本の「風俗嬢の源氏名」の項にお時さんを見つけた。


これに対して、街娼たちとなると、趣がまた違ってくる。有名な「ラクチョウのお時」がいい例だが、彼女たちは赤線女給たちのような「××子」といった日常的な名前ではなく、あだ名めいた名前で呼び合っていた。「ラクチョウのお時」の本名は「時子」で、ここから「お時」を通称とし、さらに出没する場所である有楽町の俗称「ラクチョウ」をつけて、「ラクチョウのお時」をフルネームかのようにメディアでは扱っていたのである。
田村泰次郎の小説『肉体の門』(風雪社・1947)でリアルに描かれたように、彼女らはグループを組織して助け合い、なおかつ社会への憎悪も抱き、その分、結束が強かった。結束を強めるために、仲間内だけで通じる隠語を好んで使用しており、特殊な名前のつけ方もこのことに関わっているのだと思われる。


朝日新聞の記事によると、1947年、お時さんはラジオのインタビューに答えている。「好きでこんな商売している人なんていないヨ。苦労してカタギになっても世間は後ろ指をさすじゃないか」と。

ふと、島田雅彦さんが、「快楽急行」(2004年1月11日(土)朝日新聞)で「戦争に負けると、瓦礫は遊郭に、乙女は娼婦になる。」と書かれていたのを思い出した。
57年前の日本には、生きるために娼婦になった乙女たちがいた。そしていま、イラクにも瓦礫の陰で春を売る少女たちがいることを、多くの人は知らないだろう。
2004.11.22 Comment:0 | TrackBack:0
動脈のように子どもら駆けめぐり校舎めざめる月曜の朝(香川県・山地千晶)
2004.11.22 Comment:0 | TrackBack:0
ゴッホの「ひまわり」の絵は一度見たら忘れられない。が、あえていうとすれば、ぼくは丸木スマの「ひまわり」の印象のほうが強烈だ。


11月18日(木)朝日新聞夕刊「日々の非常口」(アーサー・ビナード氏)に、ビナード氏が原爆の図丸木美術館に「丸木スマ展」を見に行ったことが書かれていた。
丸木スマさんの「村の夕暮れ」と題した風景画の前で、ビナード氏はヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー(アメリカの詩人)の「いまわの挨拶」という詩が浮かんだという。


見栄えは違うが、本当は老いが、若さに
負けないくらいの可能性を孕んでいる。
日が沈み、夕闇が迫ると
昼間はまったく見えなかった星が、天いっぱいに現れる
(ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー「いまわの挨拶」)


2050年の日本は、65歳以上の人口が全体の35パーセントを超えるだろうと言われているそうだ。今でさえ「年金がもらえなくなる」という懸念も消えない。若い日を手のひらの上にひろげて懐かしむような、小さなおばあさんになるのも大変だ。
ロングフェローの詩の一節のように、老いが決して若さに対しての敗北でなく、老いた人が培ってきた智や知識が、夜空の星のように若い人への輝く贈り物となるように、願いをこめてここに記す。
2004.11.18 Comment:0 | TrackBack:0
「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生」   栗木京子

2004.11.15 Comment:0 | TrackBack:0
幼子のにぎるクレヨン象を生み鯨を生みて紙をはみ出す(佐倉市・船岡みさ)


可愛い歌ですね。
ちっちゃな手がぎゅっとクレヨンを握って、ぎゅっぎゅつと絵を描いている姿が浮かびます。
紙をはみ出して、テーブルや床にもクレヨンの跡が。
2004.11.15 Comment:0 | TrackBack:0
11月13日(土)朝日新聞「天声人語」より

「天然ダム」の「天然」には美しく貴重という意味合いがあって、悲惨な災害現場の表現としてふさわしくない。そんな意見もあり、新潟県中越地震の被災地の形容としてはひかえたい、と国土交通省が言っている。
地元の人から見れば、おぞましい光景で、「天然」という言葉がうわついて聞こえるのはもっともだろう。かわりの「河道閉塞」という言葉にはなじみが薄く、現場をありありと伝えない弱さもある。被災者の思いを尊重しつつ何か適当な言葉はないか、と思案する。

2004.11.13 Comment:0 | TrackBack:0
先月の話になりますが、10月8日から22日までパリで上演されていた「十一代目市川海老蔵襲名披露パリ公演」は、トラックバックさせていただいた「小川アンリさんの気ままパリ日記」(10月22日「KABUKI」)によると、22日の最終日まで、立ち見席も含めチケットは完売だったそうです。
http://diary.jp.aol.com/applet/my3esh7ng/375/trackback
歌舞伎にはまったく縁遠いけれど、一番最初の演目が「鳥辺山心中」と聞いていたので、ちょっと興味を惹かれました。

伝統芸能の世界では、代々の芸名を受け継ぐことろ「襲名」といいますが、歌舞伎では江戸時代ぐらいから使われていたそうです。「どうして名跡を引き継ぐのに、名前を襲うと書くのかなぁ」って疑問に思っていましたが、少し前の朝日新聞「ことばの交差点」(校閲部・八尋正史)に「襲名」の意味がわかりやすく書いてありました。

漢字の襲は元々、上の「龍」が左右に二つ並び、下に「衣」がある形でした。上部は音を表し、下の衣が意味を表して、死者に着せる左前の衣、あるいは衣服の重ね着の意味とされます。たしか、古語に「かさね」という言葉がありますが、パソコンでは変換できないようです。
何かものを上に重ねて覆い隠すのが本来の襲の意味で、転じて「人馬の姿や声を隠して相手を奇襲するのを襲うというようになった」(「漢字語源辞典」)のだそうです。

ところで「美女と野獣」は、1936年に詩人ジャン・コクトーが東京で六代目尾上菊五郎の「鏡獅子」を見、それに触発されてできた作品なんだそうですよ。
2004.11.11 Comment:0 | TrackBack:0
レモン汁期待の牡蠣のちぢまりし   嶋田摩耶子


季語:牡蠣


牡蠣鍋は、人生でまだ2度しか食べたことがないですが、まるで自分のことのように様子がわかります。それにしても、火を通す前の牡蠣はぷっくりとして美味しそうなのに、いざ食べようというときには大きさが半分になってしまって悲しいですねぇ。

嶋田摩耶子(1928年~)俳人で医師の唐笠何蝶(とうがさかちょう)が父親。青春期以降を北海道に送り、現在は熱海暮らし。上の句は、北海道時代の作。嶋田摩耶子句集「花と雪」(平成15年出版)に収録。

これも良いわぁ!(↓)

夏みかんむきをる顔のすっぱさよ    唐笠何蝶
2004.11.10 Comment:0 | TrackBack:0
「無花果の葉もて秘すべき何もなき現代なれや神話も生れず」  築地(ついじ)正子


10月30日(土)朝日新聞「be」に掲載されていた、国際聖路加病院院長の日野原重明さんのエッセイを読んで、上記の短歌を思い出した。

「愛」という言葉が世にあふれ、韓国ドラマ「冬のソナタ」は、年配の日本女性の心を揺さぶり続けています。すぐにベッドインとなってしまう最近の日本の恋愛ドラマと違って、昔の日本の純愛物語のようなところが、中年女性に受けているのではないでしょうか。(「93歳・私の証 あるがまま行く」日野原重明)

創世記、いちじくの葉で性器を隠したアダムとイブの子孫である我ら。すぐにベッドイン、きわどいシーンが連続のテレビドラマ以上に、一般の恋愛事情のほうが今や、恥じらいも臆面もない状態で乱れているのかも知れない。

短歌は、10月19日(水)朝日新聞「折々のうた」の中で紹介されていた。大岡信さんが評したのは、「村住みの塀さへ鍵さへなきくらし出来ぬ時世か心にも鍵」。こちらもまた良歌。『自分さがし』(平成16年)に収録されている。
2004.11.10 Comment:0 | TrackBack:0
脱げし靴履きに戻りてまた走る保育園児の紅白リレー(山梨県・上田 達)

2004.11.09 Comment:0 | TrackBack:0
朝日新聞11月1日「折々のうた」より

「冬兆すうがひの水のかたさにも」   宮坂 恒子


季語「冬兆す」

単純にいえば、うがいの水に冬を感じる、ということなんでしょう。
もっとも水がかたくなるわけはないのですが、うまい表現だと感心しました。
いつもと同じ事をしていても、なんかちょっと昨日とは違うみたいだという感覚。
もう冬だなぁと思う。日常の中の小さな発見。
2004.11.07 Comment:0 | TrackBack:0
亀和田武の「マガジンウォッチ」(2004年10月30日 朝日新聞掲載)より

その人と会って話しているだけで、元気がわいてきたり、ときには胸のときめきすら覚える。そんな特異な才能に恵まれた人を、私はひそかに敬意をこめて「人ったらし」と呼んでいます。
http://book.asahi.com/review/index.php?info=d&no=6966

この文章を読んで、思わず心に浮かんだ方がおられます。「たらし」という言葉に悪いイメージがあるから、あちこちで大声で言いふらすのは憚られるけれど、亀和田武さんの言い方を借りれば、さだまさしさんも「人ったらし」に間違いないです。もちろん、良い意味でですよ。

ところで、この亀和田さんのエッセイは、「婦人公論」11月7日号に掲載された、瀬戸内寂聴さんと辻仁成さんの対談を読んで書かれたものですが、 亀和田さんは「人ったらしの奥深さ」の中にもある格の違いをはっきりと感じられています。

辻さんも頑張ります。「もしかしたら今、人生を考えるべき時なのかな(中略)最近、青空を見上げる回数が増えてきました」。寂聴さんは、そんな甘ったれた自己陶酔に、取り合ったりしません。さすが達人です。「人生なんて、考えなくていい。考えたって、なるようにしかならない」。勝負あったの感があります。

私も、間違いなく寂聴さんの一本勝ちと思います。辻さんは売れっ子作家ではあるけれど、やっぱりまだ青くさい。波乱万丈を生きてきた寂聴さんには、当然かないません。
青空を見上げたってー、何も変わらんよー。人の心はもちろん、自分の心だって全部を思い通りにはできないんだし、成功も失敗も運の神様の気まぐれで、明日コロリと変わってしまうかも知れない。
無駄に考えてもしょうがない。休むに似たり。所詮、人生はケセラセラよ。
2004.11.05 Comment:0 | TrackBack:0
11月2日の朝日新聞「声」欄に、小説の書き出しから終わりまでを全部書き写しながら読むという投書が載っていた。
投書した男性は、ある作家が修行時代に、尊敬する先輩作家の小説を全部書き写して勉強したという話をヒントに試し始めたそうだ。
この話、私も聞いたことがあるのに、作家名が思い出せないのがちょっと悔しい。

その男性は、作家志望を志しているわけではなく、もっと深い読み方をするために小説をまるごと書き写すことを始めたそうが、それによって今まで読み流していた平凡な描写や、登場人物のしぐさや物言いの描写が、とても大切なものであることがわかってきたと言う。あたかも自分の心が、作家の筆の動きに寄り添っていくような、深い充足感を感じると。

ただ読むよりも、書いたほうが覚えているのは確かだと思う。理解も進む。
学生時代に思いをはせれば、試験勉強はそのやり方だった。
目で見、手で書く行為によって、記憶の断片が脳に浸み込んでいくのかな。

最近は「書く」ことに遠ざかって、こうしてキーを打っているけれど、たとえば、郷隼人さんの短歌も大江健三郎さんのエッセイも、ただ読んだだけよりも文字にしたほうがよく覚えている。
まったく理解できない物理学的な話も、自分で文字に起こしてみると、薄皮が二分の一枚ぐらい剥がれたような気がしてくる。
自分の中で収拾がつかないでいた考えも、文字にしていくうちにまとまってくるから不思議。
散らばっていた胞子が引き合って、ひとつの細胞が生まれるような感覚。と書きながら、頭の中に浮かんでいるのは映画「ターミネーター2」の一シーンなんだけども。(わかる人にはわかるよね)

手先を動かすことはボケの防止になるそうだし、小説をまるごと書き写すのはなかなか真似できないけれど、覚えたことを忘れないためにもたくさん手を動かそう。
2004.11.02 Comment:0 | TrackBack:0
確かに無鉄砲

確かに浅はか


でも、わが子を見殺しにしたい親がいるだろうか。

たとえどんなに出来が悪い子であっても
他人から見れば放蕩バカ息子であったとしても
親はできる限りの方法で救い出そうとするのも。

それが親というもの。


イラクで人質になって惨死した男性の自宅に
批判の電話が殺到していたそうだ。

「自業自得」と思うなら、勝手に思っていればいいのに
なぜ、そんなひどいことを。


いま、自分の子供が殺されるかも知れない
そんな悲痛な思いをしている親に対して。



想像力の欠如。
それは殺された彼にもあてはまるが。

悲しみの淵にいる家族をさらに蹴落とそうとする人がいる。

そんな人間はたくさんいる。
間違いなく。

忌むべきは、死者に唾を吐きかける者たち。


人間は、DNAに残虐性を隠し持っているから
誰でもみな非道になれる。

殺人鬼にもなれる。



想像力の欠如が、人間を貶める。
時には動物以下にまで。



香田青年の魂に祈る。
2004.11.02 Comment:0 | TrackBack:0
おこし屋におこしを購(か)えばようおこしまたおこしと店主は真顔(箕面市・岩井スミ子)


おこし屋に、おこしを買いに行ったらば、店主が真顔で「ようおこし」(よくいらっしゃいました)「またおこし」(またいらっしゃい)と言った、ということなんですが。言葉遊びが面白いです。
2004.11.01 Comment:0 | TrackBack:0
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