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昨日の日記に書いた「作者が先生~心を育てる新鮮な体験~子供と対話」で、こんな授業を受けたかったなぁと思ったのが、絵本作家のきたやまようこさんが三重県鈴鹿市の市立飯野小学校でおこなった授業。

「イスとイヌは似てる?」
もちろん、イスとイヌは違うけれど、確かに似ているのだ。色も似ている。足、背はイスとイヌの両方にある。もっとも、イスは足があっても自らは動かないけれど、他の力によって動かされることはある。
結果として、授業を受けた児童たちは「全然違うと思っていたイスとイヌだけど、ずいぶん似ているところがあるんだと自分でも驚いた」という。

思い込みを捨てると、いろんな見方ができる。私たちは、“知っている”と思って、実は何も知らないのかもしれない。
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2005.01.30 Comment:0 | TrackBack:0
26日(水)朝日新聞「作者が先生~心を育てる新鮮な体験~子供と対話」という記事で、養老孟司さんが名古屋市立中央高等学校昼間定時制で行った出前授業(オーサー・ビジット2004)のことが紹介されていた。

養老孟司さんの『バカの壁』にも書かれていたことではあるが、“りんご”という言葉を聞いたとき、目の前にリンゴが無くてもリンゴの絵が描ける、それは脳内で「リンゴ活動」がなされているからだと。
たとえば、“りんご”という字を書きなさいと言ったとき、ひらがなで書く人(私はひらがなで書きます)、カタカナで書く人、漢字で林檎と書く人もいるだろう。APLLEと書く人もいるかも知れない。それはどれも間違いではない。
“りんご”を発音してみたときも、お国訛によるアクセントの違いがあるし、英語ならネイティブかそうでないかでも違う。それなのに、脳内にイメージしている“りんご”は、みな「同じ」である。これは、人間が“全てを同一のものだと認識することが出来るゆえに起こる現象”ということだが。

「リンゴ活動」によって、以前見たりんごも、隣の人が見ているりんごも、字で書いたりんごも絵も、みんな「同じりんご」と受け止めることができる。

厳密にいえば、“人間”だってみなそれぞれに違う。肌の色、目の色など外見的違い、国籍、言語など、それだけを取ってみても「違う」のに、それらを超越して「同じ」人間と認識している。それは、脳がそれぞれの情報の同一性を認めないことになると、世界がバラバラになってしまうからだと、養老さんは言う。人間の脳の活動において、「同じ」という感覚はとても基本的なことなのだ。
2005.01.29 Comment:0 | TrackBack:0
果実のように見えないままで内部から甘く腐っていく時代です

          さとうますみ/『プラスチック紀』(平16)


歌集でこの歌と一対にして出している歌、「見えないものはないことにしてやり過ごし見えないものに復讐される」。具体的に目に見えるものではない世界に対する関心が、作者には人一倍強いようだ。たとえば次の歌にうかがわれる批評性にもそれが感じられる。「ひっそりと堕ちてゆく人知らぬげに由緒正しき社会は眠る」。短歌で従来あまり触れられなかった領域に果敢にいどむ。(大岡信 評)

とても気になる歌。作者が歌わんとしていることは、私が常日頃感じていることとは違うかも知れないけれど、「私もそう思います!」って挙手したくなる。
「見えないものはないことにしてやり過ごし見えないものに復讐される」。この歌にも共感してしまう。詩集一冊まるごとがこういう歌ばかりではないようだが、通りすぎることができない、強いメッセージを感じる。さとうますみさんは、詩も作られる方なのかな?詩の香りがしてくる口語体。
2005.01.27 Comment:0 | TrackBack:0
26日(水)朝日新聞に、歌人の近藤芳美さんが長年間務められた朝日歌壇の選者を退かれるという記事があった。去年買い求めた短歌専門誌に、近藤さんの最近のご様子が写真とともに紹介されていて、かなりお年を召されたなぁと思っていたのだけど。今年で92歳。朝日歌壇が現在のスタイルになってからの50周年を目前に、健康上の理由で引退されるそうだ。

記事の中、かぎかっこでくくられた近藤さんの想いをPICK UP。
「この歌は、まさに自分のことじゃないか。それなら自分もつくってみようと、つくる。そこに民衆の短歌の原点がある」
「僕自身もまた、そうした歌によって触発された。原点とは何か、選歌しながら常に見ていた。あらゆる影響の中で、朝日歌壇が最も大きく僕に影響したかもしれない」
「戦争の歌ばかり採ると、よく言われる。しかしね、日本は長く平和だけど、遠いどこかで常に続いてきた戦争が日本とは無関係とは言えない。イラクだって、ひとごととは思えない。戦争がじかに我々の四囲を取り巻いていることに、短歌は他の文芸より敏感なんです」
「何のために作るか、との問いを失って、短歌自体が難しい局面にある。それは、新聞歌壇がその性格を失っていくことと並行している。時々、生活をうたう、という原点を振り返ってみてほしい」


短歌の原点とは、心に生まれいずる日々の想いを限られた字数の中に託すこと。近藤さんのメッセージからそう感じた。短歌は、自分の生活と切り離しては歌えない。私小説であり、メッセージソングである。


「拙き文字貧しき表現を通すもの信じて行かん地を這える声」 (近藤芳美『歌い来しかた』より)




こんどうよしみ
1913年、朝鮮半島の馬山に生まれる。本籍は広島県。
31年、「アララギ」に入会し、短歌を始める。
2005.01.26 Comment:0 | TrackBack:0
19日(水)朝日新聞「ようこそ」で取り上げていた建築家・曽野正之さん(34歳)は、兵庫県西宮出身。神戸大とワシントン大で建築学を学び、現在はニューヨークの建築設計事務所に勤務されている。9.11のあの日、曽野さんも多数の友人を失い、その後体調を崩すほどのショックを受けたそうだ。
03年「スタテン島9.11テロ慰霊碑」の国際コンペがあり、曽野さんの「Postcard」が選ばれた。スタテン島は、マンハッタン近くにある平穏な住宅地で、テロで約260人が犠牲になった。


慰霊碑は、高さ13mの巨大な2枚のはがきを向かい合わせるようにたたせ、グランドゼロの方向へ翼を広げる大きな鳥のようにも見える。壁面に犠牲者の横顔のシルエットを切り抜いたパネルを並べた。これは、彫刻家が遺族のもとを訪ね、アルバムなどを見せてもらって、亡くなった人の横顔の輪郭を描き出したものだという。その作業は、遺族が納得するまで繰り返し修正し、もっとも時間をかけて取り組んだそうだ。
OCN NEWSのインタビューで、曽野さんは「手紙はポジティブなコミュニケーションのシンボルであるし、宗教やイデオロギーに関わらない日常的で世界共通のものですから、今回の主旨にピッタリだなと思いました。267人の被害者の名前と横顔はメモリアル切手として、建物の内側の石に刻まれます」と答えている。

曽野正之さんの力強い瞳、きっと結んだ口元、精悍な顔立ちに、「サムライ」という言葉が浮かんだ。刀を振り回さず、生と死の瞬間を凝視しているような、観念を知っているサムライの心を感じた。将来が楽しみな、若手建築家である。


曽野正之さんのインタビューはこちら
http://www.ocsworld.com/ocsnews/home/707/interview.asp

慰霊碑完成セレモニーの様子はこちら
http://www.chinadesign.net.cn/NY/0409-2/
2005.01.25 Comment:0 | TrackBack:0
日中は暖かくて春先の気温だったからか、やっぱりねと言いたくなる朧月だった。

「泣いて行くウエルテルに逢ふ朧哉」  尾崎紅葉

20日(木)朝日新聞「折々のうた」に、この句が紹介されていた。季語は「朧」。
『紅葉句帳』(明40)所収。ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』の主人公を春の朧夜に呼び出した想像句。


確かに、朧月夜のはっきりしない様には、あの世の人が現れてきそうな静かな不穏を感じる。
生きている者と死んでしまった者がすれ違うのが朧夜だとすれば、私も亡くなった魂を呼び出したい。
2005.01.24 Comment:0 | TrackBack:0
“苦労知らず”と啼くとう梟(アウル)の置物を蒐める友も苦労を知らず(愛知県・阿知波かつ)



テレビでしか、ふくろうの鳴き声を聞いたことがないからわからないが、ふくろう=不苦労と言われて縁起がいい鳥だそうだ。それゆえにふくろう関連のコレクションをしている人が多いとも聞く。
作者は、そのふくろうコレクションのおかげで友人は「苦労を知らない」と詠っているが、多少の苦労はあってもそれと気づかせないような、ほがらなか人柄の友人なのだろう。

幸せ、不幸せはその人自身が決めるものであるから、どんな境遇にあろうと「私はしあわせ」と思えれば、苦労も苦労でなくなる。
2005.01.24 Comment:0 | TrackBack:0
象、きりん、河馬、犀(サイ)、らくだ 寡黙なる草食動物初日の出待つ(岐阜県・奥井朱夏)



2005.01.24 Comment:0 | TrackBack:0
「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」  石川啄木

22日(土)の朝日新聞be「ことばの旅人」で、石川啄木を取り上げていた。
「石をもて追はるるごとくふるさとを出でしかなしみ消ゆる時なし」の歌に見るように、故郷で不評を買い、生きているうちは故郷に迎えられなかった不肖者であったが、今なお愛唱される短歌を数多く詠んだことは後続の追随を許さない。
啄木の文学碑は、全国で160基を超えるそうだ。その半分以上は、岩手県内にあり、故郷の玉山村には30基が建つ。全国最古と言われる渋民公園に建つ歌碑の「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」の美しさ。すり寄ってきてはくれない故郷でも、啄木は愛していたのだろう。
上野駅近くにあるという「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」も有名だ。しかし、歌では故郷を慕いながら故郷の訛りを馬鹿にする二面性もあったと、学生時代の授業で聞いた覚えがある。いくら愛しても、いつまでもつれない女のような故郷に対して、時に恨みがましい一言を吐いてしまうこともあったのだろうか。

2005.01.23 Comment:0 | TrackBack:0
「なゆた」は、「十」「百」「千」などと同じ単位語。古代インドのサンスクリットの仏教用語で「極めて大きな数量」を意味し、漢字では「那由他」「那由多」と表記される。

那由他の単位については、諸説ありますが、江戸時代に算学者・吉田光由がまとめたロングセラーの算術書「塵劫記」によると、「万」以上は4けたごとに次の単位語に進み、10の60乗になります。朝日新聞も、塵劫記の寛永11(1634)年版を採用し、表記の基準としています。ちなみに那由他の一つ前の10の56乗は阿僧祇(あそうぎ)、もう一つ前は恒河沙(ごうがしゃ)。逆に一つ後ろの10の64乗が「不可思議」で、最後は「無量大数」です。(1月16日(日)朝日新聞「ことばの交差点」より)

実際には、生活の中で使われることはない「那由他」。兵庫県佐用町にある県立西はりま天文台公園に、昨年11月にできた世界最大級の光学望遠鏡の名前に選ばれたそうだ。無限の宇宙をあらわすのに、確かにぴったりだ。
2005.01.22 Comment:0 | TrackBack:0
17日の新聞には、阪神大震災から10年後の遺族の心情が掲載されていた。心を落ち着けて読むことができなくて、あれから何度も紙面を開いては閉じるのくりかえし。夕刊第一面の写真の女性が流す涙が、どんなに月日が経っても消えない悲しみがあることを訴えかけてくる。

雑誌で読んだ沢木耕太郎さんのエッセイに、ギリシャの小さな教会で見かけた「祈り」の風景が書かれていた。

それはギリシャのケルキラ島にある小さな教会だった。夜、通りすがりにのぞくと、祖母に連れてられてきたらしい少女が、祭壇の前でローソクに火をつけていた。その真剣な眼差しを見ているうちに、火をつけるという行為そのものがひとつの祈りになっていることに気づいた。
たとえ、それがどのような対象であれ、また、そこがどのような場所であれ、祈るという行為の持っている美しさに世界共通のものがあるように思える。しかし、いま、日本の子供たちは、この少女のような「祈り」の場を、どこに持っているのだろうか?



1月17日夜明け前から、神戸のあちこちで祈りのローソクの火が灯された。ある人は、コートの下に形見になった服を着て、つどいに参加したという。「助けてあげられなくてごめんね」「忘れないよ」「がんばって生きていくよ」「震災を伝え続けていくよ」それぞれの想いの分のローソクの炎が、いまもその胸に灯り続けているだろう。
2005.01.21 Comment:0 | TrackBack:0
虐待にて死ぬ子にも皆名前あり名づけし日には愛のありしを(横浜市・安達三津子)



人は誰も「殺したいほど憎い」と思うことがあると思う。長い人生の中で、一度や二度は。
そうして人殺しの一歩手前で引き返せるのは、「人を殺してはいけない」という理性が踏みとどまらせるからだ。
しかし、理性のはどめがきかないほど、わが子をいたぶって死にいたらしめるということは、なんだろうと思う。殺したいほど憎んでいるわけではない。ただ、言うことをきかないから、とか、赤ん坊が泣き止まないから、とか。あるいは、邪魔になったから、とか。つまり、子供をひとりの人間として認めていないということ。アクセサリーのように、ペットのように。
血肉を分けたその小さな命を無価値なものと感じ、意識的にであれ無意識であれ、自分の元から絶対に排除しようする行為に、人間の心に潜む残虐性の突出が見えるように思う。
2005.01.20 Comment:0 | TrackBack:0
1月19日(水)朝日新聞“時評 歌句詩”「自分流の覚悟 困難な時代に」(小島ゆかり)より


「乳児検診 裸の赤子集まればボッティチェリの絵のひかりの厚さ」(早川志織『クルミの中』)

赤ちゃんのまるまるとしたお腹、ぷくっと膨らんだほっぺたや手首足首が目に浮かびました。
傍らに優しい眼差しの母親。まるで聖母像のように。
ボッティチェリの絵は、「ヴィーナス誕生」や「春」が有名だけど(ネットで見られます)、この作者が思い描いていたのは、ボッティチェリが礼拝堂に描いていたような天使像かな。
宗教画の独特なタッチ。何度も重ねられた絵の具が作り出す光。神秘は、新しい命の中にある。


さて、小島ゆかりさん(歌人)は、短歌の世界も、スピード化・情報化・多様化の波が押し寄せ、「覚悟して自分を保ち、粘り強く自分の仕事を持続することが困難な時代」と言われていた。原田清著『會津八一~人生と芸術』について、また自分流の覚悟がある歌集として、早川志織『クルミの中』、玉井清弘『谷風』、宮英子『西域更紗』を取り上げて、各2首ずつ紹介されていた。

自分流の覚悟とは何だろうか?
宮柊二さんが、島田修二さんに語られたという言葉が甦る。
「どういう時代になって、どういう条件になっても、歌を書き残していくという覚悟はあるか。たとえば、書く紙も筆記用具もないというような時、壁に爪で書き残していく、という決意を持つべきである」と。
そこまでの覚悟は必要ないかも知れないが、自分はなぜ短歌を詠むのかを自問してみるのは大切だと思う。詠まなくても済むなら、自分にとって必要なものではない。当然、覚悟も必要ない。


「一尺の虚空にそろう曼珠沙華低からず高からず横並びせり」(玉井清弘「谷風」より)
2005.01.20 Comment:0 | TrackBack:0
15日(月)朝日新聞・朝日求人「あの人とこんな話」より映画監督・松井久子さんの言葉

女性たちに伝えたいの。頭で考えて足踏みしないで、あなたの胸に手をあててみて。
自分の人生は情報や他人との比較で構築すると前に進めなくなる。
世間はどう言おうと自分は、と深く感じる思いで生きていってほしい。きっとできる。
本当の、みずみずしい喜びが必ずある




まつい ひさこ
1946年岐阜県生まれ。東京深川育ち。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。
雑誌編集者、ライターを経て79年俳優プロダクション会社設立。85年(株)エッセン・コミュニケーションズを設立し、テレビドラマやドキュメンタリー番組のプロデューサーとして活躍。98年公開の『ユキエ』で映画初監督。製作・脚本・監督の3役を務めた2002年公開の映画『折り梅』は観客動員数100万人を突破。現在『折り梅』の上映・講演会で全国へ出かけながら、3作目の製作に向けてシナリオを執筆中。著書に『ターニングポイント―「折り梅」100万人をつむいだ出会い』(講談社)がある。
2005.01.18 Comment:0 | TrackBack:0
13日(木)の朝日新聞夕刊に、俳人・稲畑汀子さんが「俳句で甦るあの時の思い」と題して、阪神大震災によせる思いを寄稿されていた。稲畑汀子さんは、お住まいのある兵庫県芦屋市で被災されたそうである。

朝日新聞では震災直後に俳句を募集した。私も選者の一人としてたくさんの句を拝見し、選んだ。
俳句は短い詩である。内容を多く述べることはできない。作者の感想や形容詞、感動そのものを詠まないで、感動に誘われたものを描写するのが俳句である。語れない部分を季題に語らせるのが俳句なのだ。

十年たったいま、その時入選した俳句を読み返してみた。すべて客観写生、客観描写をされていることでその時の感慨が甦ってくる。

・生かされし命を抱き冬日に浴ぶ(西野郁子)
・その時に止まりし時計冴え返る(吉田松籟)
・倒壊の屋根を歩めり寒鴉(山田弘子)
・一つづつ春燈戻る地震の街(長山あや)
・悴(かじか)みつ鉄路無き道遠かりし(山形ゆかり)

季題が多くのことを語って臨場感があるのに驚いた。当時と同じ感慨を持って鑑賞できる俳句は名句と言わざるを得ない。これらの俳句を通してその時の恐ろしさ、またどんなにがんばることが出来たかということを思い出した。水くみをしたひと月もいま考えるとあの時は十歳若かったのだと感慨無量である。
俳人は、人間の生活も自然の一部という認識を持っている。自然の美しさを詠み、自然の優しさを賛美する俳句が、恐ろしい自然、醜い自然も詠んでいかなければならないことを、震災を通して改めて知った。




震災当時、稲畑汀子さん自身は、1ヵ月ぶりに水道が復旧した喜びを「春の水」として詠まれている。

「春の水甦りたる蛇口かな」




稲畑汀子(いなはた ていこ)
1931年横浜市生まれ。俳句結社「ホトトギス」主宰、朝日俳壇選者。
2005.01.17 Comment:0 | TrackBack:0
新春恒例の伝統行事「歌会始の儀」が14日午前、皇居・宮殿で開かれた。今年のお題は「歩み」。天皇陛下と皇族方、召人、選者の歌と選歌10首が披露された。
以下は、紙面に掲載された歌の中から、私がいつもの独断と偏好で選んだ歌3首。

選者の中から、岡井隆さん(歌人)
「微笑みてわれを待つ人あるごとし歩幅大きく朝の道ゆく」

入選歌より、長野県・木内重秋さん
「雪とけて塗りかへられし白線の横断歩道を子ら渡りゆく」

佳作より、最年少の天野莉那さん
「お母さんお母さんてばお母さん影ふみ歩き明日も天気」

最年少、天野莉那さんは、小学校3年生(9歳)
2005.01.16 Comment:0 | TrackBack:0
15日(土)朝日新聞「天声人語」に、東洋大学が募集する「現代学生百人一首」のことが書かれていた。今年は全国から6万3千余首が寄せられたそうだ。
入選100作品の中から私がいいなと思った12首。



・本当は怒ってなんかいないのにとがったぼくはサボテンみたい(中3)

・秋桜とすすき仲良く風にゆれ双峰筑波は晴れて雲なし(高3)

・「がんばれ」と口では言わない母だけどトンカツ揚げる音で励ます(高1)

・おばあちゃんオレオレ詐欺に気をつけて私の声は覚えていてよ (高2)

・大豪雨ここじゃなくてよかったと安堵したのをはずかしく思う (中3)

・母さんが夜なべしてまで編んだのは冬のソナタの名場面集 (高3)

・見下ろせば紫陽花のごととりどりに駅に吸われてゆく傘の花 (高2)

・全身がふるえるんだココロって液体なんだなあふれそうだもの (高2)

・めずらしく勉強した日机にはわざと残した消しゴムのカス (高1)

・友人に聞くのが恐い事がある私たちって友達だよね (高1)

・大好きなあの曲だけを聞くためにドラマを見ている火曜日の私 (高1)

・将来の夢は何だと尋ねられ生きていたいとアンゴラの子供 (高2)


とくにいい表現だなぁと思ったのは、 「全身がふるえるんだココロって液体なんだなあふれそうだもの」。ピュアな思いがあふれている。こういう感じ、もう忘れているかも。
「見下ろせば紫陽花のごととりどりに駅に吸われてゆく傘の花」は、視覚的な美しさが際立っている。この人は、短歌を詠んだ経験があるんじゃないかな?俵万智さんに似ている。
2005.01.15 Comment:0 | TrackBack:0
春の気を戴きますと言ふやうに手足伸べてる岸辺に亀は

         鹿井いつ子/『佳音(かのん)』(平16)



はい。私の好きなタイプの歌です。このほのぼの感がたまらない。
自分では、なかなかこういうおおらかな歌は詠めないので。
短歌は「自分」だから、やっぱり性質が現れてしまうのかなぁ。
2005.01.14 Comment:0 | TrackBack:0
極楽は身近にありて干布団(長崎県・前田 一草)


さむーい夜は、ふかふか、お日様の匂いに包まれて、ぬくぬく眠るときが一番の幸せかな。



最近「朝日俳壇」を読んでいると、「あー、この句。下2句をつけて短歌にしたほうがいいんじゃない?きっともっと素敵になると思うなぁ」という句が多い。上に紹介した句は、そうではないが。

「短歌と俳句はどちらも短い詩の形ですが、一番違うところは、短歌は自分の思いを述べたい人に向いていて、俳句はその思いを抑えて、何か季節や物に託して表現したい人に向いていると思います。
「似ているところは、どちらも全部説明することはなく、詩の中のエッセンスを受け取った読者がどれだけ読み込んで広げるか、読者が参加して初めて完結するところですね。」(俵 万智さん)

2005.01.13 Comment:0 | TrackBack:0
冬めきて餌場に群れる雀らのふくらふくらとめんこいことよ(東京都・岸 徹)


遊びをせんとや生まれけん・・・ついと口に上がってくるような。冬の朝、寒さから身を守るようにぷうと毛をふくらませた雀たちの、可愛らしさ。ほんにめんこい。
2005.01.10 Comment:0 | TrackBack:0
「見たままを言う」でよいのか      
                         尾崎左永子



曇日のすずしき風に睡蓮の黄花ともしびの如く吹かるる(佐藤佐太郎)


この歌の場合「睡蓮の花」という、誰でも見かける自然が題材です。それも黄色い花なのですが、よく読み込んでみると、この花は「つぼみ」なのです。「曇日」ですから、花は咲き切らずに、つぼんだままなのです。それがすずしい風にふかれていくらか傾くように揺れているのでしょう。ひとつでなく、いくつもの、蝋燭の灯のような花のつぼみが吹かれています。曇日の灰色(グレー)と、明るく透明感のある睡蓮の花の淡い黄のつぼみ。その色彩の対照の中から、六月ごろの梅雨曇りの涼しさが快く、しかも的確に伝わってきます。

じつに見事な「切りとり」なのです。すなわち「ともしびの如く吹かるる」という作者の「発見」が、さわやかに切りとられて、読者の前に提示されています。よく見てください。「つぼみ」とも言わず、「池」とも「水の面」とも言わず、花の数も時間も言わずに、しかも「黄花」とだけは、はっきり表現しています。黄花だからこそ「ともしびの如く」なのです。

このように、不必要な「説明」や「叙述」は可能な限り「削り落とす」こと、つまり「表現は限定すること」であり、自らの発見したものを切りとることが、自然詠の最も基本的な姿勢であると、私は思っています。
2005.01.08 Comment:0 | TrackBack:0
もうすぐ、月の彼方星の彼方のすみずみを見ることができそうだ。子供の頃、宇宙はとらえどころのない遠い遠い場所だったのに。


数十年先に、月より遠い「深宇宙」に、宇宙観測や惑星探査などの拠点となる「深宇宙港」を造ろうという計画があるそうだ。
地球から約150万キロ(地球-月は約38万キロ)離れると、地球・太陽からの引力と遠心力が釣り合う特殊な場所がある。そこに、宇宙船のような構造物を浮かべ、惑星に向かう足がかりにしたり、望遠鏡を設置して観測する港をつくろうというもの。

この場所に深宇宙港を造ると、地球の6分の1とはいえ重力のある月を起点にするより惑星に行きやすいことなどから、月面基地より効率的に惑星の探査が可能になると期待される。宇宙機構の山川宏・宇宙科学研究本部助教授は「まだ、たたき台の段階だが、日本の独自性を盛り込みたい。3月までに宇宙機構としての結論をまとめたい」と話している。


アメリカは昨年1月、月面基地の建設を盛り込んだ新宇宙戦略を策定している。長期滞在できる月面基地からロケットを打ち上げ、火星やさらに遠い天体への有人飛行を目指すという。
しかし、この進歩を喜んでばかりいられないかな。宇宙には壊れた人工衛星やロケットの残骸など、約7千個の粗大ゴミがあるというし。人間は、地球だけでなく宇宙までも汚し始めている。
2005.01.07 Comment:0 | TrackBack:0
11月18日(木)朝日川柳より

ソウル便シャトルは女性専用機(千葉市 奥山利彦)

おもしろい川柳なので、そのうちBLOGに書こうと思っていたんですが、とうとう「冬ソナ専用機」ができたようです。3月25日までの期間限定だそうですが、利用が多ければ延長されるかもしれませんねぇ。
でも、寒そう。冬ソナだから、そのほうがいいのか・・・。
2005.01.06 Comment:0 | TrackBack:0
「見たままを言う」でよいのか      
                         尾崎左永子


「自然詠」というと、空や雲や樹や水や、あるがままの自然を対象とする作品一般をさして言うようですが、ただあるがままの自然を写すというだけでは、単にあふれた叙景歌になってしまいます。
とくに写生派、写実派といわれる系統の作歌法の中では、写生の基本として「ものを観る眼」を重要視し、「見たままを言う」ことをすすめますが、これは実にたいへん誤解されやすい言い方です。
頭の固い人は、ほんとうに見たままに言えば成功、と思ってしまいかねません。いくらものをていねいに見て、ていねいに説明してみても、その作品が読者の心に性格に伝わるとは限りません。とくに自然詠の場合、誰が作っても同じような、千篇一律、無個性な歌が掃いて捨てるほど出来るだけです。

かつてアララギの土屋文明先生が、「千人が千人、同じような歌を作ってどうなる」とたいそうご機嫌が悪かったという話を聞きましたが、千一番目の歌を作ってみても、何にもなりません。では、自然詠を成功させるためにはどんな心がけが要るのでしょうか。
まず第一に「発見」が必要です。同じ樹木を見ても、単に「木が並んでいる。風が吹いている。秋の色になった。落ち葉が散りはじめた」といった観察では、まだ「自分の眼」による「新しい発見」はありません。事実の観察からはじめることは誤りとはいえませんが、その事実の中から、自らの心にくっと差し込んでくる光のようなもの、今まで気づかなかった「状態」の新しい発見があるとき、まず自然詠の第一歩は成功したといえます。

                         (2)へつづく
2005.01.05 Comment:0 | TrackBack:0
スマトラ沖地震後、被災地域で300人以上の日本人の安否が、まだ確認できていないそうだ。死者は14万人を越し、被災者は180万人といわれている。被災地は雨期に入り、豪雨や洪水が追い討ちをかける。飲み水や医薬品など救援物資の輸送も滞っている。

元日の朝日新聞のテレビ・ラジオ特集に、ニュースキャスター筑紫哲也さんのインタビュー記事が載っていた。「テレビがバラエティやドラマだけなら、尊敬もされず、怖がられもしない。報道番組はテレビの懐刀。」と。
この三が日、まともな報道番組はなかったような気がする。「正月ぐらい、いいじゃんか。こたつでぬくぬく、ごろ寝でテレビ。これぞ、正月の正しい過ごし方」って具合に。せっかく収録した正月番組、放送しなきゃ無駄になるだけだしね。
視聴者に媚びるだけのテレビ局に、期待するほうが間違いかも知れない。日本人のほとんどが、ごろごろぬくぬくしながらバカ笑いしたいんだから。それか、お涙ちょうだいとばかりの安っぽいナレーションをたっぷり盛り込んだ番組に、うかつに涙してる。

かく言う私も、ごろごろぬくぬくも、お笑い番組も大好きだ。15万人近い死者が出たからといって、娯楽番組の放送を自粛するべきとは思わない。
しかし、外国の出来事とはいえ未曾有の災害である。あまりにも他人事すぎないか?もう少し身近に引き寄せて、混乱している情報をわかりやすく伝達してほしいと願う。お正月休みで、テレビを見ている人も多いんだから。海外旅行で災害に遭う、それも「自己責任」と言い捨てる平和ボケばかりの日本にならぬよう。
2005.01.04 Comment:0 | TrackBack:0
「音なき風声なき声に着水す白鳥百羽の白き稠密」  ―「白鳥」馬場あき子

         稠密(ちゅうみつ)・・・ひとつのところに多く集まっていること


無音の映像を見るような、美しい歌。新年に寄せる思いを、気高く凛とした姿勢で詠んでいる。(と、思う)


歌人・馬場あき子さんが“女性だけで演じる能”のために新作「小野浮舟」を書かれたことを新聞で知った。「小野浮舟」は源氏物語の後日談として演じられてきた伝統ある演目だが、このたび横浜能楽堂の「女による女のための女の能」という企画によって、馬場あき子さんが新たに書き下ろされたのだそうだ。馬場さんは、能の喜多流15代目宗家に謡と舞を仕込まれ、自らも能をたしなまれると聞く。

「世阿弥は芸事以外の遊びを厳禁したけど、和歌だけはやっておけと言ったの。いずれ能を作るとき役立つから、と。こっちは歌を先にやってるもの」。強いんである。
(12月20日朝日新聞「ひと」より。)


そういえば、この歌も静かに舞う能舞台のようだ。
2005.01.03 Comment:0 | TrackBack:0
大雪の中、ドラム缶の「除夜の鐘」 中越地震の被災地

全村避難した山古志村民約1500人が、3カ所に分かれて仮設住宅に暮らす長岡市。午後5時で積雪22センチ。今冬一番の降雪となった。
 陽光台4丁目の仮設住宅では、集会所のわきに真っ白に塗られた高さ90センチ、直径60センチのドラム缶製の「除夜の鐘」が登場した。「お寺に行けないだろうから」と、京都市の西本願寺の職員が作製したものだ。
 10月23日の本震があった午後5時56分に合わせ、長島忠美村長から丸太で突くと、「ボゴーン」という低音が鳴り響いた。「必ず帰れるように、一から始める。来年は戦いの年だ」と長島村長は語った。


四十数年生きてきて、除夜の鐘はテレビでしか聞いたことがない。そう、あれ。NHKの「行く年来る年」。除夜の鐘は、108つの煩悩を払うために108回撞くのだと、若い頃に教わったことがある。
煩悩とは、自分にとって離しがたい、捨てがたい感情や感覚のこと。人間の感覚を司る六根(眼・耳・鼻・舌・身・意といった6つの感覚)と、六塵(色、声、香、味、触、法といった6つの感情)に執着が生じ煩悩となる。
六根は、それぞれが物事に対し「好」、「嫌」、「平(どちらでもない)」の三種の感情があり、6つ感覚にそれぞれ3つの感情で合計18の煩悩が生まれる。つまり(目、耳、鼻、舌、身、意)×(好、悪、好悪)=18
六塵には「楽」・「苦」・「捨(苦しくもなく楽しくもない)」といった三種の感情が生まれる。これらも18の煩悩となり、全て併せると36の煩悩となる。
そして、この36つ煩悩が過去・現在・未来つまり三世にわたって生じるという考えから、36かける3で108の煩悩となるそうだ。6×6×3=108
そして、これらから人々を救うために仏様や菩薩様が百八尊がおられ、除夜の鐘はこのことから108回撞くのだそうだ。

ところで、仏教の源流であるヒンズー教では、108には日本とは逆の意味があるという。 悟りの数ということかな。
2005.01.02 Comment:0 | TrackBack:0
元日の朝日新聞に掲載されていた、作家・宮部みゆきさんと狂言師・野村萬斎さんの対談を興味深く読みました。

(宮部みゆきさん)いちいち絵文字がつかないと分からないというのは寂しいことで、小説家は危機感を持つべきだと思うんです。小説を書く人間は、言葉を情報のツールだけにしてはいけない。そこに読んだ方の想像力が加わって、唯一無二の作品になる。でも、もしも読者が想像力を捨ててしまうと、小説家はもう立つ瀬がなくなる、映像やテレビゲームに負けてしまう。そこが踏ん張りどころです。
これだけデジタル技術が発達しているなかで、小説は絵もなく音もなく、言葉だけで世界を語る。事件なり、心の大きな闇を、誰が書いても同じ「言葉」というもので語ろうとする。狂言は素手の芸だそうですが、小説も素手の芸なんです。



私も以前から、(小説は書けないけれど)こうして駄文を綴っているときに、顔文字を使用することに少々抵抗がありました。それは、ニッコリ顔や冷や汗を書いている絵を使わないと、意図が伝わらない文章しか書けない自分へのジレンマでもあったのです。
「言葉を情報のツールだけにしてはいけない」。この一言に、軽くほほをたたかれたような重いです。「絵もなく音もなく、誰が書いても同じ「言葉」だけで世界を語る」ことにもう一度立ち返ってみたい。
2005.01.01 Comment:0 | TrackBack:0
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