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きりきりと風に根を張るわたくしはそよぐ時きみの名前を零す

                小守有里
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2006.05.31 Comment:0 | TrackBack:0
お天気が良すぎても、なぜか心晴れ晴れとならない今日このごろ。
今年の緑は濃いのかな。
緑を通り過ぎて黒に見えてしまう。
うとましく感じるほど。
突き放されたような、そんな不思議な心持ちになる。
なぜだろう。
新緑に心躍らなかったことは、今まで生きてきてはじめてかも知れない。



今月末が締め切りの公募短歌2種類にチャレンジしてみた。
数日前に偶然知ったけど、とにかく出してみようと。
さてどうなるか。いやどうにもならないな。
それでも何もしないよりいいだろうと思う。
2006.05.31 Comment:0 | TrackBack:0
蒟蒻が道に落ちゐしゆゑよしを考へて無口な娘が笑ふ

元気のない歌集の時代がまだ続く先づは買ひ物と椅子を立ちたり

             河野裕子さん

             折々のうた@朝日新聞
2006.05.30 Comment:0 | TrackBack:0
私は基本的には、短歌は癒しの文学だと思っている。
事実、私自身歌によって癒され生きて来られたと思うからである。
しかし、今の歌壇の歌は、単に言葉遊びのような、意味のない歌、軽い歌が多いように思える。
言葉をまるでおもちゃのように小手先でころがしている。
こんな歌で心が癒されるのであろうかと、疑問である。

         有本倶子(平成11年3月号『短歌』より)

2006.05.30 Comment:0 | TrackBack:0
月末残業を免れたので、チケットを取っていなかったのだがコンサートに行ってみた。
今日のチケットはとっくに完売になっていたのだけど、万が一当日券が出るかもしれないと淡い期待を胸に。

ところが、まあ、そんなに人生はあまくないわけで。
やはり当日券は出なかったわけで。
会場近くのカフェでひとり、ヤケ酒ならぬヤケ茶して帰ってきたというわけで。




夜空に赤みがかった細い三日月がかかっていた。
うすく血がにじんだような、そんな赤さ。
満月だったなら、たぶん「ストロベリームーン」というんだろうな。
2006.05.30 Comment:0 | TrackBack:0
酒少し入りたる身体もち運ぶ谷中はどこも寺のある町(松戸市・東 洋)


亀の子と単身赴任五年目に淋しきときは亀も鳴くなり(可児市・豊田正巳)


家中を五月に変えて剥がしたる四月の裏をメモ用に裁つ(仙台市・坂本捷子)


母われをゴールと歩みくる吾子を日に幾たびも抱きとめている(東京都・鶴田伊津)
2006.05.29 Comment:0 | TrackBack:0
060529_1743~01.jpg



短歌漬けの日々である。
ある意味、今の私の支えになっている。

自分に宿題を課さなければ、また以前のように楽なほうに流されるから
題詠100首のほかにも、いろいろな公募短歌にチャレンジしてみようと思う。




自分が行きたい方向は見えた。
次は、どうやってそこに近づいていくか。
亀のあゆみでも、何もしないよりはいい。
2006.05.29 Comment:0 | TrackBack:0
レントゲンに透かされし身を駅前のカフェにけだるく入り込ませり
2006.05.29 Comment:0 | TrackBack:0
ふくふくと弾み返せる赤ん坊からだのどこも土に触れしことなし

              河野裕子
              折々のうた@朝日新聞
2006.05.29 Comment:0 | TrackBack:0
西中眞二郎さんの「しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑記帳」にて、題詠100首「005:並」に投稿した歌を選んでいただきました。
西中さん、ありがとうございます。

題詠百首選歌集・その24


<005:並>
春霖(しゅんりん)の朝の花屋に鉢植えの紫陽花の藍(あお)はや並びをり                
  
  
2006.05.29 Comment:0 | TrackBack:0
今晩も月を見上げる クレーターだらけの胸をかかえてひとは


象がまだ地球を支えていた頃に逢ってふたりで暮らしたかった


よく磨いた水晶とあかい果物をあげる言葉のないこの場所で


慈しむ わたしに繋がるものすべて100年先の青空のため



          天野慶「Bleu bijou/わたしのたいせつなもの」
2006.05.29 Comment:0 | TrackBack:0
鳥の名をわれに告げゐる唇(くち)をもて苦しきことを誰に語らむ

           横山未来子『樹下のひとりの眠りのために』
2006.05.28 Comment:0 | TrackBack:0
「我は思ふ、文芸とは貴族の心を持ちて、平民の道を行ふものなりと。」(「友に寄す」『郷愁』窪田空穂)

空穂は「文芸の名に隠れて、貴族趣味にあこがるる人」を批判しているのであって、教養や審美性や品位を大切に思い、それを貴族の心という言い方で言っている。よく出来ている芸術的技巧や視点を否定しているのではない。
またここで「平易なる言葉をもて語るべきなり」と言っている。これは空穂短歌が、また真にすぐれている短歌が持ちうる、基本的な要因をも語っているであろう。

平易なる言葉は、時として俗に傾く。だが貴族の心、現代風に言えば、一種の気品である。その気品は、時として俗に傾く言葉を、十分カバーできるのである。

         岩田正(平成11年『短歌』1月号より)
2006.05.28 Comment:0 | TrackBack:0
魚掴む鳶の脚見ゆ美(は)しきとはその筋力とおもひてゐき

             百々(どど)登美子

             折々のうた@朝日新聞より
2006.05.27 Comment:0 | TrackBack:0
美術展にマチスの『金魚』観し帰り花屋に赤き一本を購(あがな)ふ
2006.05.27 Comment:0 | TrackBack:0
今日、はじめて歌会(かかい)に参加した。
インターネットの歌会や俳句の句会には参加したことがあったけど。

私よりもウンと若い年齢の参加者が多かった。
企画者の天野慶さん(歌人)もまだ20代というから、推して知るべしということだ。
もちろん、皆さんの詠草(短歌の場合、投稿歌を「詠草(えいそう)」と呼ぶそうだ)も、若々しく瑞々しく。
そんな皆さんのお歌に触れ、なんだか自分も若くなった気がした。
わかっている、気のせいさ!
ましてや、気が若くなったからといって、瑞々しい歌が詠めるようになるかはまた別の話で。

私は投稿しなかったのだが、今から思えばそれでよかった。
どうみても私の歌は古くさい作り方だ。
歌会の雰囲気に合わなかっただろう。
七、八十代の方が多い歌会に参加すれば、「若い歌」と珍しがられるかも知れないが。

でもとても楽しかった。
私はやっぱり短歌が好きなんだと、改めて自覚した。
限られた時間であったが、得たものは多かった。



しかし、短歌をやる若い人が増えているんだなぁ。
短歌雑誌の「角川短歌」の投稿作品は大人っぽい気がするが、「短歌研究」「短歌ヴァーサス」は若い人の歌がたくさん掲載されているし、歌人・枡野浩一さんの「かんたん短歌blog」をみても、集まっているのは若い人ばかりに思えるから。
2006.05.26 Comment:2 | TrackBack:0
一枚の水をつらぬきて跳ね上がるイルカをけふの憧れとせり

               横山未来子

               折々のうた@朝日新聞より
2006.05.26 Comment:0 | TrackBack:0
薫風吹き、いかにも五月というお天気だった。

立原道造の「五月の風をゼリーにしてもってきてください」という言葉を思いおこす。




今日もまた「歌集喫茶うたたね」に寄り道して、永井陽子さんの歌集を読む。

この人の歌の根底にはクラシックがあるようだ。
背景に流れているのはバロック音楽だろうか?(よくはわからないけれど)
難解ではない。
2006.05.25 Comment:0 | TrackBack:0
燃えつきし車の主も火をつけし若きらもわびし夜明けの団地(シテ)に


膚の色見せずとも名がアドレスが妨げとなる職探しにも


言葉もて身をもて路上を埋めつくす若きら「未来は己が手にあり」(ル・フユチュール・エ・ダン・ヴォ・マン)


フランスの国民食の二番目に選ばれしアラブ料理「クスクス」


したたかに幾多の文化を飲み込みてまた甦るフランスなるや



*みほしぼ
フランス在住の歌人、作家

            「未来は己が手にあり」@朝日新聞より
2006.05.25 Comment:8 | TrackBack:0
ネットサーフィンをしていて「歌集喫茶うたたね」のことを知った。
今週金曜日までの期間限定の開催ということなので、これは早く行かねば~と、今日は仕事を1時間早退して行って来た。



駅に着いたら、ちょうど雨が降り出した。
席に着いて歌集を読もうとする頃には、雨はさらに強くなり頭の上を雷が走りだした。
ときどき吹きつける風が冷たい。

最近、興味を持っている故・小中英之さんの歌集を読んだ。
じっくりと。
でも時間が足りなくて、最後まで読みきることはできなかったのだが。
とても良かった。
2006.05.24 Comment:0 | TrackBack:0
99パーセントは悲しいかもしれない。でも残り1パーセントの楽しいことを目指していくのが人生。

           井上ひさしさんの言葉@朝日新聞より




2006.05.24 Comment:0 | TrackBack:0
横浜アリーナでの「まさしんぐワールド」に行ってきた。
出がけに雨が降り出し、開場の頃には結構な降りになった。

たっぷり3時間、なかなか良いコンサートだった。
何よりいちばん嬉しかったのが、「グレープ」のコーナー。
やはり私の青春を彩ったのはグレープに間違いなかったし、何ものにも代えがたい愛着を感じている。
サラリーマンのまちゃみの指に、今回は絆創膏がなかったのが頼もしかった。

壮年になったグレープの新たな活動を期待したい。
もう駆け抜けないで。
じわじわと沁みてきて。
2006.05.23 Comment:0 | TrackBack:0
こいびとと眠る日
天井は四角ということをおもいださなくてすむ 

              今橋 愛
2006.05.23 Comment:0 | TrackBack:0
『夏椿 一花一花の風白し 言葉尽くせば汚れゆくかも』 竹内由枝
2006.05.22 Comment:0 | TrackBack:0
どこへでも行けるわけではないことをいつ知るだろうよちよち歩き(東京都・鶴田伊津)


死の際の一瞬妻は手を伸ばしメモの鉛筆とらんとしたり(岩国市・蛭本博彦)


沈丁花も辛夷も桜もみな散って猫も小鳥も静かになりぬ(尼崎市・宮脇繁)


世は少子空に泳げる鯉も減りあっさりとして何か及ばず(藤沢市・小野みづゑ)


春の空のーんと高くひろがりて墨田堤に囀るひばり(東京都・中村千佳子)
2006.05.22 Comment:0 | TrackBack:0
晴れは嬉しいが、いきなりピーカン夏日にならなくてもいいのに。
そんな今日は、池袋に佐田玲子さんのミニライブを聞きに行ってきた。
やっぱり玲子さんは良い。癒されるし元気になれる。




OY7DVC00005_I.jpg



小さなカエルの飾り物。
意外にカワイイと思うんだけど。
バイオリンのほかは、アコーデオン、ギター、シンバル(パーカッション)、フルート。
2006.05.21 Comment:0 | TrackBack:0
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつたひとつのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

       「レモン哀歌」高村光太郎
2006.05.21 Comment:0 | TrackBack:0
久しぶりの晴れ。
空はこんなに青かったのか。
吸い込まれそうなぐらい。


3ヶ月ぶりにヘアサロンへ。
カモミールの香りのヘアトリートメントに癒される。
値段は高いけど、またやってもらおう。

私だって癒されたいんだもの。
何かに。
誰かに。



ヘアサロンへ行く前にモスでお茶していたら、はげしく雨が降り出した。
あんなに晴れていたのに。
びっくり。


いろいろな天気の日がある。

心の空模様も毎日変わっている。





余談ですが、私の行きつけのヘアサロンは、某マリンバ奏者さんちの近くにあります(笑)
2006.05.20 Comment:0 | TrackBack:0
うかうかと信号渡りそこねしは吾が生くるうちに幾多ありしも
2006.05.20 Comment:0 | TrackBack:0
死ぬために生まれこしいのちを思へば夜ふけ静かに雨降りはじむ
2006.05.19 Comment:0 | TrackBack:0
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