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七夕の朝のデジタル時計にて六つの七の並ぶ刻(とき)待つ(吹田市・豊 英二)


人よりも人らしくある彫刻の間をゆらゆらと人は行き交う(行橋市・木村葉子)


そそり立つ入道雲の一座見ゆ周防灘をどっかと跨ぎ(豊後高田市・田原徹夫)



1首目:デジタル時計ならでは面白み。七が六つ並ぶのは、(200)7年7月7日7時7分7秒か。
これだけ七が並ぶと壮観。それだけでもうすでに「超ラッキー♪」な気分になる。
作者はゲンをかつぐのが好きなのだろう。そのときを見逃すまいと時計をにらんでいる様子が浮かんできて楽しい歌。


3首目:「入道雲の一座」という言い方が楽しい。周防灘をどっかと跨いでいる雲はどんなに大きいのだろうか。想像も楽しい。
おおらかなスケールを感じる歌。
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2007.07.31 Comment:0 | TrackBack:0
いつしかに忘れ果てしか父の名を忘れしことを今に気づけり(有馬美佐子)
2007.07.31 Comment:0 | TrackBack:0
名に因りて好まれざるかドクダミは 愛されることはかくも難(むずか)し(有馬美佐子)
2007.07.30 Comment:0 | TrackBack:0
野方ノオト(春日真木子)より


俳句は切れ字で言いっ放しでよいが、短歌の場合は、下句七七が叙述、説明になりやすく、同質の言葉の並ぶケースが多い。読む側にとっては、そのほうが分かりやすい。しかし、一つ異質の言葉を入れると、矛盾が生れたり、美が生れたり、不思議な魔力が生れることがある。これが「創る」ということであろう。

 くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る     正岡 子規

 <針><やはらかに>に、感覚的なパラドックスを含んでいる。針という鋭い尖ったイメージが、やわらかに、とつながるところにこの秀歌の秘密を私は思うのである。
2007.07.30 Comment:0 | TrackBack:0
しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑記帳にて、題詠「036:湯」「053:爪」を選歌していただきました。
西中さん、ありがとうございます。


036:湯
湯にひらく花茶のあわき黄金に黙し疲れしくちびるを寄す


053:爪
龍の爪思わせる雲ゆうぞらに銀をこぼして明日は雨降る

2007.07.29 Comment:0 | TrackBack:0
春日真木子「野方ノオト」より


折角、うつくしい言葉で寂びの情緒ある歌を作ったのに、何故採りあげられないのか----、という人のために、今回は最も基本的なことを書いている。
 北原白秋の『鑕(かなしき)』を読んでいて次のような例があった。わかりやすい例なので挙げてみる。

・雨やみて夕べひそけきさ庭べにほのぼの匂ふ木蓮花かも

 (ひそけきとほのぼのという)同じ幽かな言葉を二つも一首の中に含ませるといふことは、或は今の歌壇の常套的手法でもあろうか。もっと真実に自分の眼をみひらいて独自に観照をするべきである。----略----

 そして白秋は、次のように添削している。
・雨のあと夕あかりあるさ庭べに浮びて白き木蓮の花

 <夕べひそけき>は、<夕あかりある>に、<ほのぼの匂ふ>は、<浮びて白き>と改作されたところに注目したい。
<ひそけき><ほのぼの>は、うつくしい言葉であるが、これを重ねても、作者の淡い気分に終ってしまう。
なぜならば、<ひそけき><ほのぼの>は、読者の眼に見えてこないのである。
言葉は、抽象であり、作者の思いは、言葉にした途端、なんとなく凡庸になってしまうのである。
改作のようにすれば、感覚的に白木蓮そのものの姿が浮彫に、読者の眼に映ってくるのである。凡庸な言葉を組みかえ、組み立てて、感覚的に仕立ててゆくのである。
2007.07.29 Comment:0 | TrackBack:0
乾杯のグラスに揺れるシェリー酒に白夜の窓ゆ薄明かりさす
2007.07.28 Comment:0 | TrackBack:0
討論は丁々発止となりゆくも吾を置き去りにテレビは終わる
2007.07.27 Comment:0 | TrackBack:0
短歌人の天野慶さんのブログで紹介されていました。
俳句や短歌、川柳について、短い時間ながらわかりやすく説明されています。

http://www.yomiuri.co.jp/stream/tvotona/
2007.07.26 Comment:0 | TrackBack:0
あだ名でも呼ばれしことなき吾がいまハンドルネームで呼ばれておりぬ(有馬美佐子)

         短歌研究8月号・短歌研究詠草 高野公彦選 佳作




「うたう☆クラブ」は締め切りに間に合わなかった。
これからはもう少し早く出そう。・・・・と思う(^^;)
2007.07.25 Comment:0 | TrackBack:0
花嫁はうぶ毛眩しい杏顔(長野市・内山明子)


初々しい花嫁の姿が目に浮かぶような。整った句。
「杏顔」がわかるようでわからないようで、それもまたいいと思える。
2007.07.24 Comment:0 | TrackBack:0
難聴は掃射の日よりと答えれば医師はカルテに運命と書く(台湾・黄 得龍)


良寛を知らずともよし五合庵を明るくわいわい写生する子ら(新潟市・伊藤 隆)


残年を思わず買いたきものは買う夏の麻地の座布団カバー(新居浜市・山田志慧子)




2首目:五合庵(新潟市・燕市)は良寛和尚が住んだ庵といわれている。
校外学習の生徒たちだろうか。所縁など知らなくても、子どもたちが元気ならいいじゃないかという作者の目線が温かい。
そういえば良寛さんは子ども好きだったらしい。作者と良寛和尚の心が時空を超えてリンクしたようだ。


3首目:老い支度を思い始める年齢の作者だろう。人生の残り時間を考えれば、安易にモノを増やさない心がけが必要となる。始末のよさも生きた証と思う。
それでも、暮らしの中に季節感を取り入れて心地よく過ごしたいもの。
新しい夏への準備。麻の涼しい手触りに気分も高揚する。(買いたいものは買う!)
ま、座布団カバーですから。良質な麻は値が張りますが、邪魔にならないしね。
2007.07.23 Comment:0 | TrackBack:0
ふはふはと陽射しのかけらくはへきてまるき眼のまま座る子猫は


金木犀の花の微細な十字架が散りつもるすなはち今朝は雨なり


美しい娘を選って<赤い羽根>すなほに刺してもらはう 次は


ざざざんと吮(す)ひ上げられてさかのぼる水の見た象の鼻のうらがは


宮益坂上の古書店ぼろぼろのシャガールと出でて晩夏光浴ぶ


腹押せばもの云ふ蛙のマスコット もの云わす萌黄の腹裂けるまで
 

乾きゆく子の半ズボンちひさくて叱りしことを徐々に悔いたり


春の日は不可思議なほど枯れ枝が落ちてゐて児は劒(けん)を選べず


クレヨンの散るテーブルにあをあをと未完の海が熟睡(うまい)してをり




日置俊次「ノートル・ダムの椅子」から後半の歌の一部。
母親が詠む子育ての歌とは違った趣がある。とくに「父と息子」という微妙な距離感が面白く感じられる。
もしかして父子家庭なの?と思うぐらい、妻の姿を感じる歌は一首だけだった。しかも、妻が寝たあと、自分でアイロンをかけているという・・・。たぶん、自立性の高い人なのだろう。
相聞と思われる歌もあったが、わざとわかりにくくしているのだろうか。暗喩のためわかりにくかった。
2007.07.22 Comment:0 | TrackBack:0
パピルスに死後の裁判描かれしテキストがあり「死者の書」と言う
2007.07.21 Comment:0 | TrackBack:0
しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑記帳にて、題詠「034:配」「037:片思い」を選歌していただきました。
西中さん、ありがとうございます。



034:配
巨石(おおいし)を同心円に配置せしストンヘンジに夏至祭の朝

037:片思い
現し世のまた逢う日までの片思い白きカップの口紅ぬぐう
2007.07.21 Comment:0 | TrackBack:0
ひらがなで書けばなにやら楽しげなちみもうりょうのばっこするよも
2007.07.20 Comment:0 | TrackBack:0
うすい帆をはりてちかづくうなばらの巨象のごとき春の曇天


泉の下にしづんだやうだ透きとほるコンヴィニを出でて深く呼吸す


破傷風の接種を受けしよりパリの路地には馬のにほひ満ちたり


あたたかき肌欲しがりて這ふこの掌 篠懸の樹皮をまだ去りやまず


スーパーのレジにて配る鈴蘭(ミュゲ)一輪 ひとりわが黄なる肌にはくれず


聖母像 足もとに燃えるらふそくに焦げさうなわが影の黒髪


翔びたってしまはうかゴチック伽藍とは天に舞ふため屋根がみなぎる


かはせみの噂ひろまりさまざまなレンズが池を撃ちにくる朝


鳥獣戯画に入りたるさまのこの暮らし了(をは)らせてああ ひとを抱きたい


鬼蜻蜒(おにやんま)いつでも空(くう)に静止するあのみなそこに鏡あるはず




作者は、青山学院大学で日本文学の教授をされている。「ノートル・ダムの椅子」は第一歌集。(平成17年9月)
あとがきによると、フランス政府給費留学生としてパリに学んだ頃から短歌を始められたそうだ。
歌集は、千葉県市川市にある「真間の手児奈」から始まり、パリでの学生生活、帰国後、教師生活を詠った歌、父をしのぶ歌、そしてまたパリへ展開して終わる。
内省的な歌が多い。かと言って暗いばかりではないのだけれど、読者として置けぼりにされた気がしてしまう何首かもある。特に帰国後の歌は。
作者自身もパラドックスに陥っているのだろうか。
派手さはないけれど、こころにしみいる歌が多いと思う。
2007.07.20 Comment:0 | TrackBack:0
十二使徒の影ふかくなり夕拝の開始を告げる鐘鳴り響く
2007.07.19 Comment:0 | TrackBack:0
はつなつの空気薫らせおおらかに泰山木は花をゆるます
2007.07.19 Comment:0 | TrackBack:0
梅雨明けをたのむ心にさらり巻くスカイブルーのタオルマフラー
2007.07.18 Comment:0 | TrackBack:0
水夫らの掛け声高し労働歌ホラホーホラホー錨巻き上ぐ
2007.07.18 Comment:0 | TrackBack:0
死して知る歌手もありけり遠花火(日高市・横田拾翠)



近頃なくなられた歌手・坂井泉水さん(ZARD)が思い出される。
たぶんそうだろう。
「遠花火」は、いのちのはかなさ、届かぬものへの憧れや懐かしさを喚起させる。
2007.07.17 Comment:0 | TrackBack:0
1の次は2にしかならぬはずなのに出生率の小数点以下(高槻市・有田里絵)


山開きに昨夜雑魚寝の神職が束帯つけて神に祈れり(埼玉県・柳田主於美)


のったりと海ゆるやかな昼下がりとろりと眠い岬の村は(岐阜県・栗田ゆかり)



2首目:前夜から山小屋に泊り込んで、山開きを待ちわびる人たち。その中には神聖なる儀式を行うために神主も混ざっている。
山開きをテレビニュースなどでしか知らない私には、目からうろこに近い発見の歌。


3首目:海が見える町を旅した時の歌だろうか。かげろうが立ち上る様子も見えてくるような。「のったり」が「とろりと眠い」を引き出している。
2007.07.16 Comment:0 | TrackBack:0
しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑記帳にて、題詠「032:ニュース」「033:太陽」を選歌していただきました。
西中さん、ありがとうございます。



032:ニュース
「冥王星また降格」のニュースもう騒がずなりて短く終わる

033:太陽
太陽の策略なにも知らぬまま地軸ようやく保たれている
2007.07.11 Comment:0 | TrackBack:0
草引きの庭二巡目に入りにけり(国東市・真城藺郷)


夏の日の庭の草取りは難儀なことだ。田舎の大きな家の庭なら尚更。
作者の家では今夏二巡目だという。庭いじりがお好きな、まめな方なのだろう。
2007.07.10 Comment:0 | TrackBack:0
公園で一番齢(とし)をとりやすきブランコよ秋の夜に漕ぎてみむ


大粒の雨振り出して気付きたり空間はああ隙間だらけと


仇討ちをしてくれる姉われになく心傷つけば布巾を洗ふ


少しずつ広げショールと知るまでのうれしさよ夫の上海みやげ


訪ねれば母は留守なり夕刊にやまぶき色の冬日照りつつ


デパートに叱られて泣く男(を)の子をり豆粒ほどのリュック背負ひて


春深し円筒形の帽子箱ありて開くればからり空っぽ


皮ぴんと張りたる鼓欲しきかな昼らんまんの桜の森に


大空を、木の葉を、シャツを、足首をぎゆッと絞りたし夕立ののち

                栗木京子/『けむり水晶』



第41回迢空(ちょうくう)賞を受賞された栗木京子さんの『けむり水晶』を読んでいる。
奥村晃作さんが「知的抒情、と言うのか、社会批評・アイロニー・気付き・発見などの歌が面白い」とブログに書かれていたが、まさにその通りでまったく飽きない歌集だと思う。
好きな歌がたくさんある。少しずつでも紹介したいと思う。
2007.07.09 Comment:0 | TrackBack:0
かかる日のいつか終わらん蕗の皮むく妻の背に桐の花降る(山形県・清野弘也)


美しき顎が数えるはとバスの埋まりし座席散策ののち(東京都・花 美月)


ねえちゃんの頭突きに会いて二ヶ月の妹に次女の人生始まる(西条市・眞鍋ゆかり)



1首目:作者は老境に入る年齢の方だろうか。平穏な日々もいつかは、夫婦どちらかの死によって(重い病気やその介護の可能性もある)で終わってしまうだろうと詠う。
妻の背に桐の花が降っているのだから、妻はこちら側を向いている。家事をしながら、時々語り合ったりしているのだろう。
背景に薄紫の桐の花がはらりはらりと散っている。美しい情景。
熟年の夫婦の平穏な暮らしぶりが察せられる。


2首目:はとバス観光中の乗客が、全員バスに戻ってきているかを添乗員(バスガイド)が目で確認しているところを詠んでいる。
「顎が数える」が面白いと思うが、好みが別れる部分かもしれない。


3首目:生まれたての妹にやきもちをやいて頭突きしてしまったおねえちゃん。2ヶ月といえばまだ頭がぶにぶにやわらかい。大丈夫だったかしら?
先が思いやられる次女の人生。痛そうだけど面白い歌。
2007.07.09 Comment:2 | TrackBack:0
形容詞「うしろいぶせし」のこころなり雨降りつづき十月終はる

               栗木京子/『夏のうしろ』


「うしろいぶせし」という形容詞をはじめて知った。うしろをいぶかる・・・ということだろうか。
調べてみたら「将来のことを不安に思う」という意味だとわかった。

一寸先は闇であると思い知らされることが多い。このごろはとくに。

2007.07.08 Comment:0 | TrackBack:0
026:地図
開きたる地図ガイドブック菩提樹の葉陰に入りてしまらくを過ぐ


027:給
見給えよ 葉群れに咲ける菩提樹のうす黄の花の房になりたる


028:カーテン
吾の夜を守りて閉じるカーテンの外(と)を妖精のとびゆくらしも


029:国
ためらわず国境を越えて行く影は兎やあらん 彼方へ去りぬ


030:いたずら
いたずらなゴブリンたちが跳ねる音風にまぎれて夜毎を続く


031:雪
まだ雪を知らない子猫長椅子に「SNOW」と呼べば顔をあげたり


032:ニュース
「冥王星また降格」のニュースもう騒がずなりて短く終わる


033:太陽
太陽の策略なにも知らぬまま地軸ようやく保たれている


034:配
巨石(おおいし)を同心円に配置せしストンヘンジに夏至祭の朝


035:昭和
南極は冬至祭らし 昭和基地の6・22はいかにいますや


036:湯
湯にひらく花茶のあわき黄金に黙し疲れしくちびるを寄す


037:片思い
現し世のまた逢う日までの片思い白きカップの口紅ぬぐう


038:穴
野ウサギを追いかけ穴を落ちゆきしアリスのようだ どこへも行こう


039:理想
花言葉「理想の恋」とうsazankaはハート女王の庭にも咲きけん


040:ボタン
金色のボタンのついたチョッキ着るウサギを探すアリスの目となり


041:障
気障りをひとつ脱ぎ捨て駆けゆかん月光に照る時計台まで


042:海
失われし海賊の腕光らせて月は上がりく岬の上に


043:ためいき
リラ冷えのためいき橋を渡りゆく影ほの白くひかりおびたる


044:寺
王、女王あまた眠りて絢爛たる寺院に深く回廊ありぬ


045:トマト
枝付きのトマトも並ぶ直送の市ひらかるる日曜ごとに


046:階段
めくるめく螺旋階段下りゆけばたましいは身にはつか遅るる


047:没
今し日は没(い)りゆくところ さびいろの翼ひろげて一羽飛びたつ


048:毛糸
なにをしてもさびしい日なり ささくれの指に毛糸の赤を巻いても


049:約
夕づきてねんねんねむの葉に憂う 君な忘れそ約束ししを


050:仮面
堕天使か道化か白きかんばせに金を吹かれし仮面に触れぬ
2007.07.08 Comment:0 | TrackBack:0
ただ一度この世を生きて自らのいのちと思う一人に会いぬ

                  道浦母都子
2007.07.07 Comment:0 | TrackBack:0
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