上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--
2月こそ瞬きの間ほどで過ぎると思っていたのに、予想に反して長く感じた。体調を崩したり、いろいろ忙しかったのに、まだ2月終ってないやと思ってしまった。理由は、遠出が無かったからだろうか(苦笑)

ペットクリニックに、花粉症になった犬が連れられて来ていた。犬も花粉症になる時代なんだなぁ。

090227_0735~01
スポンサーサイト
2009.02.28 Comment:0 | TrackBack:0
咎めある私生活をもネタにしてカンカン帽の月亭可朝(佐山みはる)
2009.02.28 Comment:0 | TrackBack:0
いつ庭に行きてもひらり明るしよ青女房のごとき水仙ら

         伊藤一彦/「黐の木の道」(『短歌』3月号)より



青女房(あおにょうぼう)・・・宮廷などに仕える、若くて経験の浅い女房。また、官位の低い女房。
転じて、女房は身分のある人の妻、青女房は未熟な女房の意もある。

早春の庭に咲き出した水仙を「青女房」とたとえている。
「ひらり明るし」が、まだ花の少ない時期(土気色)に咲く水仙のみずみずしさを言っていて、それを愛でて和んでいる作者の姿、春へのほのかな期待感も伝わってくる。
2009.02.28 Comment:0 | TrackBack:0
『短歌』3月号に掲載された小島ゆかりさんの30首より。


よく晴れた冬空をひとりながく飛びこらへきれずにカアと鳴きたり/小島ゆかり


こらえきれず鳴いたのはカラス・・・いいえ、泣いたのは「私(作者)」だろう。
小島ゆかりさんの歌は、悲しみや苦しみを詠っていても、不思議にどこか救われるように感じられる。
この歌も決して「悲劇のヒロイン」にはなっていない。本質的に明るい性格の人なんだろうな。


ちちははを置きざりに今日は街に出て冬の猿(ましら)の歩みをしたり/小島ゆかり


「猿の歩みをしたり」と詠えるのは、小島ゆかりさんのほかにはいないとさえ思われる。
30首一連は、認知症の父親と年老いた母、二親を見守り支えるひとり子の作者の日々を詠っている。
ゆかりさん、ここまで詠ってしまっていいの?と心配しつつ、恐縮する思いで読んだ。
作者は、短歌の形式に全信頼を寄せ、詠うことで平静を保っていられるのだろう。これまでもずっとそうしてきたのだと思う。

最後に、30首の中でいちばん好きな歌を。

山茶花をついばむ鴉、遠ざかり見れば鴉を囲むさざんくわ/小島ゆかり
2009.02.27 Comment:2 | TrackBack:0
というか、雪混じりの氷雨。積もることもなくすぐに消えてしまった。この冬、東京で見た初めての雪。
今、「初めての雪」と文章を体言止めにして、これは詩歌のテクニックだなぁと思った。文章では、尻切れトンボとも言われて感心されないことが多い。

明日はやっと晴れる。
2009.02.27 Comment:0 | TrackBack:0
早々とシャッター下ろす店先にホームレス来て紙の家建つ(佐山みはる)




昨年12月に大阪の問屋街・日本橋(にっぽんばし)に行ったとき、メインストリートのお店の前に置かれていた冷蔵庫大のダンボールがガサガサっと動いて、、、、中から人の手が!びっくりした!
駅前に寝泊りするホームレスは時々見るけれど、東京で言えば秋葉原のようなところで店先に・・・というのは初めて見た。12月はじめの土曜日というのに、閉店時間が早いお店が多いのにも驚いた。まだ夜の7時ぐらいだった。
在阪の友人が「大阪は、もう不況で大変やねん」と言っていたのが心に残っている。京都でも、去年のクリスマスは例年に比べてイルミネーションが少なかったと噂に聞いた。東京はまだ浮かれている。
2009.02.27 Comment:0 | TrackBack:0
降ったりやんだりが続いている。「洗濯物が乾かなくて困るわぁ」と、たまには主婦らしいボヤキもしてみん(笑)
明日はさらに雨。雪もちらつきそうだとか。ルーリン(彗星)には会えないままだ。

国宝阿修羅展がまもなく始まる。実は、阿修羅像のファンクラブに入ってしまった(笑)
Ashura Fan Club
2009.02.26 Comment:2 | TrackBack:0
ほどほどの良き日であれよと願いつつ眠れば宇宙に粒子の眠り(佐山みはる)
2009.02.26 Comment:4 | TrackBack:0
茂木健一郎さんが出ていたので、テレビに釘付けになってしまった。昨年、うちから歩いて5分のところにある大学で、茂木さんが講演されたのを後で知った時は脱力した。ああ。会社を休んででも行ったのになぁ。

「短歌人」3月号が届いた。まずは新人会のメンバーの歌から読まむ。
2009.02.25 Comment:2 | TrackBack:0
soyogo3.jpg


雪降れば色鮮やかになる不思議山茶花の赤冬青(そよご)の赤き実(小松市・沢野唯志)


大寒の朝に逝きたる人ありて霊安室をあたためて待つ(八戸市・山村陽一)


きっとよき少女なりけむトーストに母はたっぷりリンゴジャム塗る(東京都・岩崎佑太)



1首目:新聞歌壇らしくわかりやすい素直な歌。結社の歌会だったら、評判は芳しくないだろうな。
雪が降る前から山茶花は咲いていたし、そよごに赤い実がついているのも見ていたけれど、雪が降ってあたりが真っ白になったとき、その鮮やかな赤色を新鮮な驚きで見たのだ。
山茶花と冬青をひらがなにし、結句を「そよごの実の赤」としたら、もっと赤の色が引き立つように思う。


2首目:生者のためでなく、死者のために霊安室を温めておくという。死と常に向き合っている職業だからこその死者への思いやりだろう。
そういえば映画「おくりびと」がオスカーを受賞したようだ。死者を送るという行為、またその職業に対する理解が深められたことは大変よかったと思う。


3首目:「きっとよき少女なりけむ」と、ちょっと面白い視点で母親を詠んでいる。たっぷりリンゴジャムを塗る母は、おそらくのびのびと(不自由なく)育てられたのだろう。こんなちょっとしたところで、育ちがわかるのだ。私はたっぶりとは塗れない(苦笑)
そういうお母さんに育てられたのだから、作者もたっぷりリンゴジャムを塗っている(いた)はずである。







写真は「季節の花300」様からお借りしました。
冬青(そよご)・・・モチノキ
2009.02.24 Comment:2 | TrackBack:0
21日の朝日新聞に哲学者・中山元さんの興味深いエッセイがあった。「思考を読み解くためには、遅さというものが大切なのだ」と中山さんは言われる。(くわしくは21日のブログをご覧ください)
短歌の鑑賞にも通じる部分があるように思う。「作中主体=作者ではない」という暗黙の了解があるが、やはり作者の思考があっての作品なのだから。作者の思考に寄り添うことができたら、鑑賞は楽しくなる(はず)。
2009.02.24 Comment:0 | TrackBack:0
ルーリン彗星が大接近している。肉眼でも見えやすいのは、24日の夜22時ぐらいからという。(東の空。木星の近く。真夜中は頭上の位置あたり)
新月前で星座観察にちょうどよいのだが、明日は雨になりそうだ。この次は数万年後だというから(絶対もう生きていない(笑))、見られる時に見たいなぁ。
2009.02.23 Comment:2 | TrackBack:0
里人の今日最高と言ふ梅に(久留米市・谷川章子)
2009.02.23 Comment:0 | TrackBack:0
短歌の場合、下の句の「七・七」の並べ方がとても大切である。この部分が「俳句」にはない部分である。えてして蛇足になったり理屈になったりしてしまう。時々、この「七・七」をひっくり返してみることも大切なことである。(安森敏隆)

       『短歌』2月号・短歌クラブ誌上添削教室より抜粋
2009.02.22 Comment:0 | TrackBack:0
日が暮れて、結局、高瀬賞に出してきた。箸にも棒にもかからない拙歌。いや、楊枝ぐらいにはかかってほしいが。賑やかしは多いほうが良い。あとは野となれ山となれ(笑)
帰り道、気持ち良さげに小歌を謡うお爺さんの自転車とすれちがった。一杯ひっかけた帰りかな。
2009.02.22 Comment:12 | TrackBack:0
「短歌人」の高瀬賞の〆切が近づいている。高瀬賞は、会員1、2所属者を対象としたもので、新人賞と思ってもらえばよい。私が入会してからの受賞作(第6回、第7回)を読み返してみたが、今さらながらレベルの高さに腰が退けてしまった(苦笑)
第7回の昨年は、現在、短歌人新人会の仲間が6人も候補に残っているんだからすごい。さて今年は?私の勝手な予想では、同人に昇格した人を除いて、私以外の全員が候補に残るんじゃないかな。みんな凄い実力を持っている。私なんか幼児レベルだ。と言ったら幼児に失礼か。
ともあれ、〆切は25日(必着)。応募してこそとか励まされつつも、やっぱり止めておこうか、いやぶっかってみようかと、いまだ逡巡している。詠草はほぼ出来ていて、あとは清書するだけなんだけど。推敲しても、代わり映えしないしなぁ(^^;)
ああ、揺れる。鉛筆転がして決めてみようかしら?(苦笑)
2009.02.21 Comment:0 | TrackBack:0
朗読・翻訳 その豊穣な時間/中山 元(哲学者・翻訳家)

                           2009年2月21日朝日新聞より

(前略)

他者の思考を理解するということは、そのひとの言葉のうちで呼吸している思考を理解するということだ。しかしただテクストを読んでいても、著者の思考の鼓動を感じとれないことがある。優れたテクストの多くは、長い時間をかけて書かれたものであるのに、読む者の目は、しばしばテクストの上を高速で滑走してしまうからである。
思考を読み解くためには、遅さというものが大切なのだ。テクストの背後と行の間を読み込み、その白紙の部分にみずからの思考を書き込みながら、長い時間を過ごす。著者との沈黙の対話のうちに過ごすこの時間は無駄ではない。それこそが豊穣な時間なのだ。

だが、どうすればその遅さをもたらすことができるのか。ぼくはよく、次の二つの技法を使っている。一つはテクストを耳から聞くということである。テクストを朗読する、そして録音するのだ。目でみた文章をひとたび自分の口で語り、語り終えた言葉を録音で聞く。このとき言葉はふたたび耳を通して入ってくる。目と口と耳を通過しながら、他者の文章の思考の動きが、次第にぼくの思考と絡み合ってくる。生き物のようなその変化は微妙で、深い。
もう一つは、翻訳してみることである。(以下省略)



↓全文
2009.02.21 Comment:0 | TrackBack:0
仕事が落ち着いているので、来週に備えて休みをもらった。
昨日今日のように気圧が変化し始めると、体調が崩れる。また、新月の直前は精神的にも不調になる。原始的でわかりやすい体を持っているなぁ、私。
やりたいことがたくさんあって時間が足りない。この年になってまで。
2009.02.20 Comment:4 | TrackBack:0
テレビで「ボーンコレクター」を観た。気持悪いシーンが多かったが、筋書きは面白かった。カメラワークは普通だったな。
アンジェリーナ・ジョリーがよかった。実に存在感がある。一目して忘れられないのは、目力とセクシーな唇がたいへん印象的だからだ。
洋画に夢中だった高校生の頃、映画評論家になりたいと思ったことがあった。大好きな洋画に浸って暮らしたいと(笑)
このあいだ、新聞か何かでよんで印象に残った言葉がある。「好きなことを仕事にしている、と言うより、好きなことを仕事に引き寄せた」と。名前は忘れてしまったが、若手の作家だった。なるほどなぁ。どうしてもなりたいのだと言う強い想いがなくてはいけないのだ。いま思えば、私には「ぜったいに映画評論家になりたい」と言う想いの強さが足りなかった。
あの頃、邦画は衰退していてちっとも面白くなかったし、邦画の評論はしたくないと思っていた。そのうち洋画も娯楽性ばかり追求した作りが増え、食傷して遠ざかってしまった。ほんとうに映画を愛していなかったからだろう。
でも今でも映画は好きだ。バイオレンスもホラーも観る。ただ、映画館に行くのが年々面倒になってきている(苦笑)

2009.02.19 Comment:2 | TrackBack:0
20090220140353
ご近所のミモザが満開になった。

南仏にミモザの花が咲き出せば黄のスカーフをわれも取出す

                     斉藤 史/『魚歌』



職場に新しいマシンが来たのはよいが、目的のデータに辿り着くまでが迷宮のようになってしまった。オフラインでやっていた作業をオンラインでデータ操作することになったので、セキュリティの関係で仕方がないけれど。いくつもの関所を通っていく感じだ。
2009.02.18 Comment:0 | TrackBack:0
われを二度咬みにし犬が夢に来て(ボクとであえてよかったですか)

              木曽陽子/『歌壇』3月号より



特集「アンソロジー2008」に惹かれて、『歌壇』をひさしぶりに買った。
短歌人の木曽陽子さんの不思議な夢の歌。犬のせりふがおもしろい。
2009.02.18 Comment:0 | TrackBack:0
20090218011357
帰ってきて、自室の電球を点けようとしたらパッチンと切れてしまった。わざわざ買いに行くのが面倒なので、電気スタンドを首を立てて点けている。
ほの明るいぐらいが、気分が落ち着けていいなぁ。何より鏡に映った顔に、シミも皺も見えないのが最高(笑)間接照明はいいなぁ。


写真は、電線にたくさんの鳥。子どもたちが「鳥タイム」と言う夕暮れのひととき。
なるべく真下は歩かない。バッチイものが降ってくる…。
2009.02.17 Comment:2 | TrackBack:0
口きかぬ吾子は只今反抗期十三歳の三角四角(新潟市・和田満絵)


給食に春より御目見得するといふ鮫フライに子はたぢろいでゐる(鹿嶋市・榎本真央)


自画像にほくろ三つを描き入れ子は宿題のデッサン終える(赤穂市・内波志保)


今週も家族を詠んだ3首になった。

1首目:「三角四角」が反抗期のこころをうまく表している。
三句と結句体言止めになっている。結句の体言止めは余情があって良いと言われるが、体言止めが多いとリズムがぶつ切りになってしまう。ここらへんを推敲したほうがよいのかな。


2首目:鮫は、特に子どもたちにはなじみが薄い。水族館で見るぐらいだろう。絵本や映画では、恐ろしい怪獣のようにも書かれていて・・・「えっ!鮫を食べるの?(ぼく)食べらちゃうんじゃないの?」って怖がっているかも知れない。困惑している子どもの様子が見えてくる。


3首目:自画像を描く宿題は、中学校の美術だろうか。正直にほくろを三つ描きいれた、お子さんの素直さまで感じられる。
2009.02.17 Comment:0 | TrackBack:0
言葉には心がこもる。だから、からだのどこかをくすぐらなくても人を笑わせられるし、実際に殴らなくても人を傷つけることだってできる。
「それだからこそ、言葉を大切に使ってほしい」

             俵 万智さんの言葉/2009年2月16日朝日新聞~「オーサー・ビジット」欄より
2009.02.16 Comment:0 | TrackBack:0
20090217223317
昼間の暖かさに油断していたら、夕方から急激に気温が下がった。空には嵐の前ぶれのような雲。
金曜日は春一番。土曜日は夏日。昨日も薄いコートで平気だったが、明日はぐんと冷えるだろう。三寒四温を繰り返して春になると言うけれど、波乱万丈とも言うようなお天気だなぁ。
2009.02.16 Comment:10 | TrackBack:0
090124_1011~01



雪中を来て一息に喋りけり(洲本市・高田菲路)
2009.02.16 Comment:0 | TrackBack:0
寝ねて思ふこと大方は豊かなり今宵横たはり歌を作らむ

              馬場あき子/『阿古父』


大柄で気持ちのよい歌です。
私などもそう思って床に入るけれど、まもなく眠ってしまいます(^^;)
いつか、この歌の心境に達することができるかしら・・・・。
2009.02.15 Comment:4 | TrackBack:0
20090216020152
同僚とチキガリ・コンサートを聴きに赤レンガ倉庫へ。チキガリのコンサートの後は、いつもほっぺたが筋肉痛になるという同僚と、お腹が空く私(笑)
野毛にあるお気に入りのビストロは、「仲間うちの貸し切り」だったが、通りの奥に昔ながらの町の洋食屋さんを見つけた。


写真は、赤レンガ倉庫限定の「あかいくつ」のペンダント。シリーズでピアスやストラップもあります。
2009.02.15 Comment:0 | TrackBack:0
今年は「義理チョコ」が減ったらしい。土曜日に重なったからと言う。とはいえ、チョコ売り場は賑わっていた。私も少し購入。
ゴディバの1個1500円あまりのチョコにはびっくりしたなぁ。見た目も美味しそうだったけど。ホステスさんが常連さんに上げるのにいいかもなぁ。




rbt1h7jrtdd8sc7qtlwg-a.jpg

2009.02.14 Comment:0 | TrackBack:0
youtubeで、オーストラリアの山火事の消火活動中に救出されたという野生のコアラを見た。

(www.youtube.com/watch?v=-XSPx7S4jr4)
消防隊員の手を握って、ペットボトルの水を飲んでいるからビックリ。コアラは水を飲まないと聞いたことがあったから。よほど喉が乾いていたんだね。炎熱の中を必死で逃げ回って。怖かったね。助けられて良かったね。
このコアラは「サム」と名付けられたそうだ。

さて、今日は春一番が吹いたらしい。今もとても風が強い。
2009.02.13 Comment:4 | TrackBack:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。