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今日で6月が終る。一年の半分が過ぎたということだ。この半年、わたしは何をしていたのか。ふと思って、手帳を開いてみた。
1月大阪、3月大阪、4月台湾、6月京都・大阪に旅行。これって正しい主婦のスケジュールじゃないし(苦笑)そのあいだに、歌会、落語会、コンサートあり。さだまさし博覧会や阿修羅展を見に行ったり、近郊の小旅行もしたなぁ。あなオソロシヤ。家のこと、なーんもしてへんやんか。(前から知ってたけど)
後半はちょっとだけノンビリするつもり。あくまでちょっとだけね。
8月の全国大会の詠草がまだ出来ていないので、参加申し込みが出来ない。締め切りは、7月4日まで(必着)。間に合うんだろうか?明日からまた月初めの残業デーが続くというのに。しかも、もうあと2つ締め切りが迫っているとは。

でも、いまは九州の大雨が心配だ。1982年7月の長崎大水害は記憶に新しい。
そしてもうひとつ忘れられないのは、1957年7月の諫早豪雨。わたしはまだ生まれていなかったけど。このときの水害で、さだまさしさんのお父さんは材木商の事業に失敗し、破産したとお聞きしたことがある。
とにかく、これ以上被害が大きくならないことを祈るしかない。
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2009.06.30 Comment:0 | TrackBack:0
水替へし金魚しばらく虚ろなる(東京都・鈴木ひさお)
2009.06.30 Comment:0 | TrackBack:0
さて、わたしの応募作「おろろんばい」は、応募総数99作品中から最終選考候補の49作品の中に残ったらしい。はじめから箸にも棒にもかからないと思っていたけれど、わたしなりに精一杯頑張ったんだという思いはあるので、認めてくださった方があるのはやはり嬉しい。ありがとうございます。

「おろろんばい」の佐山みはるさん、逆縁を詠んで切ない一連でしたが、作品化するには時期尚早だったかも。<そのままに壁にかけたるカレンダーの千のひまわり皆こちら向く>心に残る歌も多かったのですが。(編集委員・平野久美子さん)



タイトルの「おろろんばい」は、子守唄の歌詞である。大好きな「島原の子守唄」からいただいた。
~はよ寝ろ泣かんでおろろんばい おろろんおろろんおろろんばい~


2009.06.29 Comment:6 | TrackBack:0
台湾見聞記/佐山みはる


ふるさとを離れデラシネのごときかな淡水河を下りてゆけば

薄暗き部屋に4,5人蠢いて妖しさは増す紅い寝台

かしづける男の前に横臥して足裏晒すは痴戯にかも似る

うつぶせのわれの背骨のぎしぎしと踏まれる時に声は漏れけり

まじまじと見てしまいたり身じろがぬ儀仗兵なる若き男を

徴兵制なき幸不幸ほほしまる若きにわれの子を重ねたり

行進の痕が茶色く染みゆきて石畳の上に線となるまで


                   ※淡水河(ダンシュイホー)

2009.06.29 Comment:2 | TrackBack:0
短歌人会における新人賞である高瀬賞受賞者が発表された。本年度受賞者は、中井守恵さん。守恵さんは、同じ新人会の仲間であるが、わたしよりずーっと若い。おそらくわたしの半分ぐらいしか生きていない(苦笑)。しかし、歌歴はわたしより長いだろうと思われる。歌会で守恵さんの歌評を聞いていると、じつに落ち着いていてムダのない言葉で的確に論じられている。若いのにすごいなぁといつも思う。
今春には若山牧水青春短歌大賞も受賞され、波に乗っている守恵さんであるからして、高瀬賞受賞はしかるべきと思われ、また新人会の仲間であることもたいへん嬉しい。これからますますのご活躍を期待します。中井守恵さん、ほんとうにおめでとうございます。


第8回高瀬賞受賞
「眠る山鳩」/中井守恵

長靴が残されており昨日までキャッチボールをしていた祖父の

スタルヒンの球を空振りせし瞬間 祖父九十年の最高潮なる

あまたのこと忘れしのちもわれの名を呼ぶとき祖父は寛大なりき

うつくしく整頓された祖父の部屋 草原のように寡黙となりぬ

山鳩の眠る姿を思いおりグローブひとつしまいしのちに

                      作品15首より抜粋


そして佳作には、魚住めぐむさんの「こころの在りか」、斎藤寛さん「肩幅」、山本照子さん「猫の耳」3作が選ばれた。
斎藤寛さんも新人会の仲間である。新人会から受賞者が出るんじゃないかと予想していたら、守恵さん、斎藤さんのお二人が受賞。なんとも喜ばしい。それから、やはり新人会の近藤かすみさんが「評論・エッセイ賞」で佳作入選されている。すごいぞ、新人会。わたしなんか新人会にいていいのだろうか(苦笑)
ともあれ、斎藤さん、かすみさん、おめでとうございます。
2009.06.28 Comment:12 | TrackBack:0
壊すとは造ることより美しく解体工場解体されぬ


空を指すクレーンの先に触れたくて手をのばしおり春の日のなか


飛行船あやうく空にうかびおり壊されるため造られていく


わたしがピアノなら低く鳴るだろう誰が弾いても(あなたの手でも)


セミダブルベッドくらいの曖昧がいいと思いぬゆるく抱かれる


銀河から降りくるすべてのものたちを受けとめるためひろげる手のひら


逢いたくて九段まで来ぬ広島の男に弾かせるわれのオルガン


武道館の上にも原爆ドームにも同じ光が射すよ 満月


おかざき・ゆみこ 76年、山形県生まれ。「未来」所属。歌集に『発芽』。

2009.06.27 Comment:0 | TrackBack:0



有線で、マイケル・ジャクソンの追悼特集をずっと聴いている。いま、流れているのは「Heal The World」。「Human Nature」や「One More Chance」、「Cry」も好きだ。意外にやさしいメロディが多くて驚いた。知っているようで知らなかったのだぁ。派手なダンスパフォーマンスばかりが目に付いて、本質を見ていなかったのかもしれない。ジャクソンファイブのころの、大きな瞳のまっすぐさが思い出される。「I’ll Be There」を歌う澄んだ声とともに。 

ファラ・フォーセットの壮絶な闘病死もショックだった。「チャーリーズ・エンジェル」を毎回どきどきしながら視たものだ。エロかっこいいジル・マンローは憧れだった。
2009.06.27 Comment:0 | TrackBack:0
同僚に「同じコンサートに何度も行って面白いの?二日続きのときは、曲目とか変わるの?」と訊かれた。これは誰もが抱く疑問だと思う。
ハッキリ言おう。さだまさしコンサートは、毎日聴いても面白い!(笑)
曲目は、コンサート会場によって微妙に違う。大まかに言えば、都市バージョンと地方バージョン。横須賀は地方バージョンだったようだ。
また季節によっても変わる。曲目だけでなくトークも(←これ重要!!)。
2009.06.26 Comment:0 | TrackBack:0
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職場(東京)からは横須賀は遠いなぁ。いや問題は、乗り換え時間だ。京浜急行・汐入駅は、特急は止まるのに快特は止まらない駅。
4時に会社を出て、ちょっとだけ余裕で間に合った。ロビーで慌ただしく飲食。なんたって3時間の長いコンサート(別名:集会)だから、お腹に何か入れておかないと。とくにラスト付近の静かなバラードで、お腹がぐうぐう鳴るのは悲惨。

さださんの歌を聴いていると自然に涙がこぼれた。今回のアルバム「美しい朝」のコンセプトは、変わらず「いのちと時の流れ」がテーマになっているんだけど、正直言って「重いなぁ。しんどいなぁ」と思っていたのだが。やはりCDだけで聴くよりも、日常から隔離されたコンサート会場のうす暗さの中で集中して、生の歌声を聴くほうがすっと沁みてくるのだろう。いま、重い病に臥せっているある人のことが四六時中も頭を離れないので、余計に心に響いたようだ。

今日は、石川さんの出待ちもできてラッキー♪やっぱりさだまさしコンサートには、石川鷹彦がいないとね。今回は石川さん、ギター以外の楽器演奏が多いようだけど。
写真は、ピーススフィアコーナーで販売していた「愛茶恋茶」。有機JASマーク認証を受けている北村製茶(長崎)による有機緑茶。「あいちゃこいちゃ」って『がんばらんば』の長崎弁の歌詞にあったなぁ。
2009.06.25 Comment:0 | TrackBack:0
リビングで水中眼鏡つける子の呟くくらいせかいがくらい


幼稚園児の母なれば袋掛けさるる果実のように過ごせり


仙台市指定ゴミ袋かけられれば雨に濡れられぬ芍薬の花


この夏の約束として手花火の徳用パックをレジへと運ぶ


スニーカー、靴下、ハンカチ、うわさ話、夜に濯げばほのかに香る



                  駒田晶子(心の花所属)


2首目の「幼稚園児の母なれば袋掛けさるる果実のように過ごせり」は、一読ではわかるようでわからない。袋掛けされているような、幼稚園児の母(作中主体)とは、つまり社会から隔離されているという意味だろうか。
子育て中の母親が、社会との疎外感を持つのは不思議ではない。幼稚園児の母親に限ったことではないと思うけれど。生まれてきた子が可愛くて夢中で子育てしていた頃に比べたら、自分がおいてけぼりにされているように感じることは増えると思う。子どもが幼稚園に行っている間の、ひとりの時間(吾に返る時間と言おうか)を持て余してしまうだろう。

3首目「仙台市指定ゴミ袋かけられれば雨に濡れられぬ芍薬の花」もまた、作中主体の心理は2首目と同じと思われる。芍薬の花を長く持たせるためには、雨風を避けよと『芍薬の育て方』にあった。ほんとうは芍薬は雨に濡れたいかもしれない。「雨に濡れられぬ」としたところに、屈折した心情が見える。ただのゴミ袋でなく、「仙台市指定ゴミ袋」としたのは面白い。
2009.06.25 Comment:0 | TrackBack:0
ツアー3日目の川口へ。わたしにとっては、ツアー初日のたいせつな日。仕事で入り待ちはできなかったけど。ツアーの内容には触れられないが、予想が良いほうに裏切られた。久しぶりのあの曲も聴けたし♪
入り口の七夕飾りの写真を撮っていたら、石川さんの出待ちに間に合わなかった。残念。石川さんのお見送りしたかったなぁ。
DSC00986.jpg
クリックしてみて。見える?
2009.06.24 Comment:0 | TrackBack:0
赤白ピンク錠剤配りてチェックする看護師の飼う私は魚(横浜市・木村久子)


叩かれるたびに口あく縞蛇の死にゆくことを知ってをる貌(いわき市・馬目弘平)


ロボットの仔犬は声もうつくしく僕を頼りにしてねと言ひぬ(福岡県・高瀬陽子)



1首目:「錠剤配りてチェックする看護師」は、いやほんとにその通り。母が入院しているとき、毎回見た光景だ。「看護師の飼う私は魚」に、アイロニカルな作者の視点がある。

2首目:歌われた光景を想像するとぞっとしてしまう。蛇は大の苦手だ。夢に見そう。
前に死んだときの記憶がなければ、「死にゆくことを知ってをる」はずはないけれど、、、、だいたい動物がそういう風に思うのか疑問だが、、、、作者にはそういうふうに見えたのである。作者のこころが、蛇にリンクしている。
わたしが思うに、この蛇は恍惚とした貌になっていたかもしれない。

3首目:ロボットに言葉を話すようにプログラミングするのは、いまや簡単なことだろう。「声もうつくしく僕を頼りにしてね」なんて、可愛さを通り越して怖さを感じてしまうなぁ。
「ターミネーター」は大好きな映画だけれど、ロボットに支配される未来が来るとして、それはほんとに平和だろうか。まあ、その頃にはわたしは生きていない(だろう)けど。
2009.06.24 Comment:0 | TrackBack:0
火取虫もの書く人を好みけり(京都市・飯村 弘)



           火取虫(蛾)・・・夏の季語
2009.06.23 Comment:0 | TrackBack:0
人生の「うまくいかなさ」に、めまいを覚える。新月に、わたしの精神はきちんと支配されてしまう。

先月末の新聞に、半世紀以上朝日歌壇に投稿している女性の記事が出ていた。「つらいことでも詠んでしまえば、歌の中のことになるでしょ。繰り返し口ずさんでいるうち、つらさを忘れたのかねぇ」と言う。短歌がこの方の支えになったのだなぁ。

ほおずきを道しるべとて軒に差し亡夫還り待つ雨の宵盆(飯塚市・大塚かすみ)

                    亡夫・・・つま
2009.06.23 Comment:4 | TrackBack:0
昇進のよろこびぐいとのみくだし帰りの車中にふくふく笑う(下妻市・神郡 貢)


コンパクト閉じれば中に隠したる妬心も夢も小さきものなり(稲敷市・坂本幸子)


返信を待っているあいだ逢いたいを別の言葉で打ちはじめている(いすみ市・斉藤いくみ)



1首目:「ぐいとのみくだし」た思いを、あとでこっそり取り出してひとりで「ふくふく笑う」のだ。「ふくふく」が良いと思う。


2首目:鏡はなんだか怖いものと思う。コンパクトには、もっと呪術的なイメージもある。だから女性は、コンパクトを好むのかもしれない。
コンパクトといえば、サリーちゃん。あのコンパクト、欲しかったなぁ。


3首目:メール打ちが早い人同志でも、タイムラグが発生するときはある。返事を待ちきれなくて、思いは先へ先へ行ってしまう。「別の言葉で」に納得。




ホテルの朝刊サービスで、日曜日は「毎日歌壇」「毎日俳壇」が読めてラッキーです。
でも、読みなれているせいか、朝日のほうがレベルが高い気がします(^^;)
2009.06.22 Comment:0 | TrackBack:0
雨をくぐり抜けるようにして帰ってきた。車窓に、雨に美しく洗われた水田や、水嵩が増しているような川を見ながら。
旅は帰るためにするものと言うが、このまま放浪の旅をしたいと思ったりする。
一生に幸せと不幸せは同じ分量らしいが、幸せを感じる時間はなぜいつも短いのだろう。
2009.06.22 Comment:0 | TrackBack:0
チキガリのライブを聞きに大阪に。京都も暑かったけど、大阪はさらに蒸し暑い気がする。ビル谷を渡ってくる風は熱風だ。
チキガリのライブは期待を裏切らない楽しさだった。ツアーラストは27日神戸オリエンタル。さすがに2週続けて関西は行けないなぁ。お近くの方はぜひ。チケットは若干残があるようです。
2009.06.21 Comment:0 | TrackBack:0
おのづから歩幅ひろがる更衣(東海市・佐々木育子)
2009.06.21 Comment:0 | TrackBack:0
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大好きな沙羅の花(夏椿)を見に京都に来ている。
お釈迦様の入定にまつわる沙羅双樹とは別の種類だが、『平家物語』にうたわれた沙羅双樹はこの花のことである。

京都に限らず、大概のお寺には沙羅の木が植えられているのだが、とりわけ妙心寺東林院の沙羅林は有名だ。
数年前から見に行きたいと思いつつ、昨年は母の病気看護のため頓挫した。今年は何をおいても行きたく、さださんのコンサートツアー初日をパスして来てしまったのだ。
4年前に樹齢350年の大木が枯死してしまったそうで、ガイドブック等で見知っていた庭いちめんに花が散りしく景色ではなかったのは惜しかったけれど、その大木からの実生の若木が何本も育っていた。命のバトンがリレーされているのを見て嬉しかった。

梅雨に咲く沙羅の花、つまり夏椿は、同時期に咲く紫陽花と違って花期が短い。だいたい2週間ほど。しかも、朝に咲き夕に散る、はかない一日花。今日かぎりの命を咲きつくす。
生きることは生かされること。そして、今日は今日しかない。悔いなき人生なんてきれいごとでしかないが、過ぎし日のことを悔いながらも今日を精いっぱい生きればよいのだ。てのひらに小さな仕合わせを載せるために。


「沙羅の花を愛でる会」6月12日~6月30日
京都・妙心寺東林院
特別拝観料(お抹茶、菓子付き)1580円、予約不要
2009.06.20 Comment:4 | TrackBack:0
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桜桃忌の今日、三鷹の禅林寺に行ってきた。今年は、太宰治の生誕百年。ボランティアガイドによるツアーが、町のあちこちに見られた。
友人に誘われて「太宰を聴く!」に。今年は豊川悦司さんが、『朝』『桜桃』を朗読された。着流し姿のトヨエツ、かっこよかった。ウットリ。若き日の太宰も、こんないい男だったのだろう。このチケット、発売10分で売り切れたのだそうだ。
2009.06.19 Comment:7 | TrackBack:0
目標“体重”達成!さあ週末は、ご褒美にケーキを食べようかな(笑)

福山雅治さんの写真集(福山さんが撮影したもの)をいただいた。このプログに、福山さんの撮った写真が素敵だと書いたのを友人が読んで、プレゼントしてくれた。いい写真がたくさんある。すべてモノクロなのもいい。
2009.06.18 Comment:0 | TrackBack:0
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談春さんも出演する「GINZA落語会」(8月末)の発売日。他の出演者も人気者ばかりなので、すぐに完売したようだ。残念。
今日は、柳家喬太郎さんとの二人会が横浜であったはず。ネタは何だったのかなぁ?先日のよみうりホールは、喬太郎さん「井戸の茶碗」、談春さん「寝床」だった。
2009.06.17 Comment:0 | TrackBack:0
一週間に及んだ「さだまさし博覧会」は、今日無事に閉会した。前日準備も見たことだし、できれば最後も見届けておこうと思い、終了20分前に駆け込んだ。最終日のこの最後の時間にいたお客さんたちは、名残を惜しんでの再来場が多かったんじゃないかな。展示物を見ながら、熱心にメモを取っている姿がみられた。
限定200部先行販売の『もう愛の唄なんて詠えない<第2楽章>』はタッチの差で完売したという。さだ博会場で購入すればオリジナルの落款が押してもらえるから、ゲットしたかったのだけど残念。もう30分早く会社を出られたらよかったなぁ。

終了直前、会場内に『落日』が流れた。フィナーレにふさわしい選曲だな。「♪しあわせになろう~ いつか必ず~ 約束をしよう~ しあわせになろう~」。この曲のゆったり感、しずかに満ちてくる幸福感がよい。これをアンコールで聞いたら、まるまは四の五の言わずに帰るという暗黙のルールができているようだ。この曲を聞けば帰るという条件反射になっているかも。
5時過ぎたら、前日準備のときと同じように紅白の幕をぐるりと張りめぐらして、後片付けが始まった。もう最後のせいか写真を撮っても何も言われない感じだったが、自粛して遠目から撮影。係りの人から何か挨拶があるのかな?と思ったけれど、何もなかったので自分の心の中で三本締めをした(笑)関係各者、皆々様、ほんとうにご苦労さまでした。

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オリジナル落款
2009.06.16 Comment:0 | TrackBack:0
毎日新聞(12日)に立川志の輔さんのエッセイが載っていた。「歴女もいいけど、落女も」というタイトル。戦国武将好きな若い女性を「歴女」と呼んで、それがブームになっているが、それなら落語に登場してくる人物(例えば『だくだく』の貧乏な八五郎)が好きな「落女」も存在しているのかなと志の輔さん。あはは。落語会に若い?女性の姿増えましたもんね。中にはいますよ、たぶんね(笑)
2009.06.15 Comment:0 | TrackBack:0
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うめじんちょうみかんはまなす鍼院をやさしくくるむ香りのリレー(福岡県・北代充明)

百三で死ぬまでほうけざりし母夢に出てきてほうけておりぬ(三原市・岡田独甫)

自分でも何色なのかわからないカメレオン死んでほんとうの色(新潟市・太田千鶴子)


1首目:ちょうど今、公園のはまなすが咲いている。香りがよいので、わざわざ回り道してしまう。少し前に咲いていたみかんの花の香りも大好きだ。
「梅、沈丁、蜜柑、浜梨(浜茄子)」と書くよりも、ひらがなのやさしさが下の句の「やさしく」につながっている。「くるむ」もやさしさを感じる言葉。「香りのリレー」もうまいと思った。

2首目:母親が生きている間は「いつボケてもおかしくない」と気になっていたのだろう。複雑な心情が表れている。

3首目:この作者の動物を詠みこんだ歌が好きだ。「死んでほんとうの色」に、自分を重ねてしまう。
作家の車谷重吉さんが、「(人生が)破綻してから、ほんとうの人生が始まるんですよ」と人生相談に答えておられて、たいへん納得した。この場合の破綻は、肉体が死ぬことではないけれど、それまでの人生が無になる(死ぬ)ようなことだ。わたしも今、ほんとうの人生を歩いているに違いない。




写真は季節の花300様よりお借りしました。
2009.06.15 Comment:3 | TrackBack:0
5月26日付け朝日新聞の文芸時評(斎藤美奈子・評)で、文学界新人賞を受賞したイラン女性シリン・ネザマフィさんについて触れていた。シリンさんは、わたしの知人の同僚で、ひょんなことで多少のご縁を持った。実際にお会いしたことはないが、去年、母の介護で身動き取れなくなったわたしの代わりに、チキガリのライブに行ってくださったのだ(たぶん)。まあ、それほどの淡いご縁ではあるが、忘れるほど遠い存在ではない。
そんなわけで、「イラン人女性が文学界新人賞受賞」というニュースを聞いたとき、とても驚いたけど嬉しかった。シリンさんが音楽好きということは知人から聞いていたが、小説を書く人だとは知らなかった。

シリンさんの受賞作品『白い紙』は、日本語で書かれている。文学界新人賞において、漢字を使わない国の出身者の受賞は初めてだそうだ。経歴は省略するが、10年前に来日し、4,5年前から日本語で書き始めたという。中学生のころからペルシャ語で小説を書いていたそうだが、イランには公募の文学賞がないので日本に来て作家デビューのチャンスを捉えたということになるだろう。シリンさんによると、日本語習熟のコツは「テレビを見ること」。とくにバラエティー番組は話し言葉がよくわかるそうだ。
さて、いつも辛口の斎藤美奈子さんだが、シリンさんが2007年に第4回留学生文学賞を受賞した『サラム』について、『白い紙』をしのぐ出来だと評価している。留学生文学賞というのは、日本で勉学する外国人留学生(日本語学校生を含む)または卒業後数年以内で日本滞在中の者」を対象としている。
そういえば、昨年下半期の芥川賞は、楊逸さんの『時が滲む朝』だった。日本語を母国語としない外国人の受賞は芥川賞73年の歴史で初めてで、中国人の受賞も初めてだったそうだ。楊逸さんやシリンさんのような外国人作家による日本語の小説が、どんどん増えていけば面白いと思う。
2009.06.14 Comment:0 | TrackBack:0
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風に色ぬすまれそうに花樗(熊本市・西 美愛子)


             花樗(はなおうち)・・・夏の季語





写真は、季節の花300様からお借りしました。
2009.06.14 Comment:0 | TrackBack:0
上野・東京文化会館にて。詠草52首。
わたしの歌は、4月の台湾旅行で若い兵士を見て感じたことを詠んだ。新人会仲間の渡口航さんの感想、「韓流スター好きなミーハーではないか」には思わず笑ってしまった。息子と年齢が近いせいか、渡口さんが何を言っても9割方は許せる(あまい)わたしである。
研究会は、永井秀幸さんによる「『小池光の文学-言葉と抒情』について」。著者の永井さんをはじめとして、小池さんの歌のファンは多い。そういえば十年前、ニフティの短歌フォーラムで、わたしに「短歌人」を勧めたK田Y子さんも小池さんの大ファンだったなぁ。(熊本のK田Y子さん、お元気ですか?まだ短歌を続けていらっしゃいますか?)
どちらかといえば、わたしは最近の小池さんの歌が好きだ。抒情派だった小池さんを知らないからかもしれないが。この世に変わらないものなどなくて、ひとは変わり続けるものだから、このさきも小池さんの歌がどんなふうに変わっていくのかを拝見できるのは楽しみだ。

帰りに、池袋東武の「さだ博」へまた行ってきた。大イベントが終ってしまって、客足がパッタリ途絶えているのじゃないかと思ったが、閉店間際にもかかわらず駆け込んでくる人もいて、ぼちぼちお客さんが入っているようだった。
ところで、今日お会いした先輩方に「ブログいつも見てますよ」と言われて恐縮している。短歌のこと、あまり書いていないので(というか、知識が浅くて書けないのだ)申し訳ないような気持ち。どうもスイマセーン(林家三平風に)

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池袋・東武百貨店7階にあるCDショップ「五番街」の店頭ポスターは圧巻
(写真をクリックしてごらんあれ)
2009.06.13 Comment:2 | TrackBack:0
朝のテレビで昨日のイベントを知った同僚から、「当然、行ってたでしょ」と言われる(苦笑)
さすがに今日は早く帰宅した。夜は「さだまさしのセイヤング」を聴く。

睡眠不足なのに眠れないスパイラルに陥っている。一昨日は、一夜漬け状態で短歌人に送る歌を詠んだ。心と言葉がかみ合わない。

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2009.06.12 Comment:2 | TrackBack:0
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奇跡的と言いたくなる天候回復で、トーク&ライブは無事に屋上で開催された。昨夜のメルマガの臨時便に、ダメ押しのように「当初の予定通り、屋上で行なう」とあったのを見たときは、数年前の大雨の日比谷野音でのコンサートが脳裏をよぎったけれど。さすが“歌う照る照る坊主様”の威力は凄い。

屋上広場は縦長のスペース。参加券当選100人分のパイプ椅子が中央に。立ち見はその後ろ側、またはステージに向かって右側の二階テラスにて観覧。1000人以上集まっていたと思う。(マスコミ発表は2000人)
私も参加券をゲットでき、椅子席で観覧。ミニライブは4曲、マスコミ各社によるフォトセッション(撮影会)、握手会(当選者のみ)、文化放送「セイヤングスペシャル」の公開収録。トータルで1時間半のタイムスケジュールだった。
明日の「セイヤングスペシャル」で、ライブの一部も放送するという。テレビカメラも3台ほど来ていたので、テレビワイドショーで放送されるようだ。

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雨があがり、屋上に人々が集まり始める


<参加券について>
6/10(水)~6/11(木)正午までに『さだまさし博覧会』会場内にて、1レシート3,000円(税込)以上お買い上げの方に限り、“さだまさしトーク&ミニライブ”参加のくじ引きにご参加いただけます。当たりくじの100名様に“さだまさしトーク&ミニライブ”の参加券をお渡しいたします。参加券をお持ちの方に限り、握手会を行います。
※くじ引きは参加券が無くなり次第終了となります。
※8F屋上イベント会場外からは立ち見でもご覧いただけます。
※雨天時は別会場にて開催(参加券をお持ちの方限定)
※くじ引き会場は『さだまさし博覧会』会場内です。



2009.06.11 Comment:0 | TrackBack:0
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