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明日明後日は、短歌人の夏の全国集会。今夏は、つくば市で開催です。2日間日帰りで参加できそうな気もしますが、体力温存のため宿泊することにしました。せっかくつくばに行くのだから、明日は朝早く出てつくば宇宙センターを見学する予定です。では、本日はおやすみなさい。
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2009.07.31 Comment:0 | TrackBack:0
先週のことになるが、レオナール・フジタ(藤田嗣治)の展覧会に行った。エコール・ド・パリを代表する著名な画家だが、正直に言うと私好みの画風ではないので、今まであまり興味を持っていなかった。チケットを買っても見に行く気になったのは、作家の高樹のぶ子さんのエッセイを読んだからだ。

~彼の色調をひと言で言うなら、「艶乳白(えんにゅうはく)」だと思う。豆乳の浮遊膜のような、滑らかで暖かなクリーム色。バニラクリームを思わせる。限られた絵の具だけを使うことを、自らに課していたに違いない~(高樹のぶ子「視力」)

ウィキペディアによると、その特徴ある白は、硫酸バリウムを下地に用い、その上に炭酸カルシウムと鉛白を混ぜた絵の具を使っていたそうだ。炭酸カルシウムは油と混ざることによって、ほんのり黄色味を帯びるのだとか。高樹さんが言うバニラクリームの色だ。しかし、炭酸カルシウムがなんたらかんたらと言ってもピンとこない。それなら、実物を見てきましょとなったわけである。ああ、前振りが長かった。
大絶賛されている「乳白色の肌」の実物の見ごたえはじゅうぶんあった。長らく多くの人の心を捕らえ続けてきた理由がわかった気がする。それでもやはり、画風は好きにはなれなかったけれど。裸婦像よりも夫人のために手作りした木の小箱や、ユニークな猫の絵を描きいれた食器類の展示が面白かった。レオナール・フジタは、木工や陶芸、裁縫までこなしたという。もっとも心惹かれたのは、最後の仕事となったランスの「平和の聖母礼拝堂」のステンドグラスや装飾品、壁画のデッサン、礼拝堂の模型。これはまさに人生の集大成と言える大仕事だ。情熱を注ぎ尽くしたであろう。本当にすごい画家だったことを遅まきながら理解した展覧会だった。
2009.07.30 Comment:0 | TrackBack:0
短歌研究詠草・佳作 高野公彦選 


君が待つ駅ちかづいて耳たぶにたしかめているハートのピアス

なまなまと甦りくるささやきに耳を隠せり最終電車に

                       佐山みはる



2009.07.30 Comment:5 | TrackBack:0
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新聞の悩み相談を読んでいると、回答者の言葉に時どきはっとする。
~悩みとは「複数の問題で、頭の中が散らかった状態。どこから片付けていいかわからない。そんなとき、必要な行動は「整理するために、いま必要ないものは捨てる」。深い悩みへの解消法は「解決可能な問題しか考えない」~(評論家・岡田斗司夫さん)
そうだな。悩んでもどうにもならないことって多い。既に起きてしまったことはとくに。いま、しなければいけないことを考えよう。
2009.07.29 Comment:0 | TrackBack:0
歩行虫か塵芥虫かはた埋葬虫か雨あがりを行く子細ありげに(新潟市・太田千鶴子)

        歩行虫(オサムシ)、塵芥虫(ゴミムシ)、埋葬虫(シデムシ)


置くなよと言わんばかりに赤子の手きゅっとつかんだわき腹の肉(ひたちなか市・沢口なぎさ)


肩腰に湿布を貼りて息を吐く 孫は来てよし去りてよしかな(さいたま市・泉 明)



今週の歌壇は、迷うことなくこの3首に決まった。

1首目:虫の名の漢字が興味を引く。埋葬虫(シデムシ)は、動物の死体に集まり、それを餌とすることから名づけられたとか。わたしは、どの虫も見分けることができない。結句に来て「やったね!」と思った。「子細ありげに」がとても面白い。

2首目:一読、笑ってしまった。抱っこしている赤ちゃんを、下ろして寝かそうとするとぎゅっと抱きついてくることがよくある。「わき腹の肉」と投げ出した感じが、笑いを誘っている。「赤子の手が」と「が」を補ったほうがよい?

3首目:孫歌(わが孫自慢)はダメだとよく言われるが、この歌はいいと思う。
大仕事終えたような安堵感に似ているかも。小さな子と遊ぶのは疲れることなのだ。気を張って体も張って。齢を取ると余計に堪える。でも、しばらくしたらまた孫の来訪を心待ちにするんだろうなぁ。
結句は「帰りてもよし」ではどうだろうか。
2009.07.29 Comment:0 | TrackBack:0
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昨日、短歌教室の授業中、窓から見える夕映えが美しかった。反対側(東の空)に虹が出ている予感がしていたが、丁度その時間ほんとうに大きな虹が出ていたそうだ。そういえば、先週の東京歌会のときも同じシチュエーションで、「絶対、虹が出ているよなぁ」と思っていたら、やはりその時間に大きな二重虹がかかっていたらしい。
虹は夢。はかない夢。だからこそ、見られたら嬉しい。



ご近所の蓮の花が咲いていた。なにかとても有難いものを見た気分。
2009.07.28 Comment:2 | TrackBack:0
泳ぐ子を追うてゐし目も岸に着く(八代市・山下接穂)
2009.07.28 Comment:0 | TrackBack:0
献灯絵(ガムランと踊り2)

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2009.07.28 Comment:0 | TrackBack:0
斎藤茂吉の歌集『ともしび』から23首。小池光さんは斎藤茂吉の歌がお好きなのだなぁ。実に愉快という感じで講義をなさっておられた。初句が「死のごと」で始まる歌があった。あれ?四音?と思ったら「しにのごと」と読まれた。茂吉は「死」を「しに」と詠っていたそうだ。ああ、そういえば万葉集は「しに」だったなぁ。
2009.07.27 Comment:2 | TrackBack:0
献灯会(ガムランと踊り1)

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2009.07.27 Comment:0 | TrackBack:0
沼袋の百観音明治寺の献灯会に行ってきた。一昨年に次いで二度目。あの時は途中で雷雨になった。確か去年も小雨が降ったり止んだりだったはず。今年は良すぎるほどのお天気。暑過ぎて浴衣を着る気になれなかったなぁ。
2年振りに私の好きな観音像たちに会えた。境内を巡り歩いて一体一体を見つめていると、やっぱり来て良かったなぁと思う。菩提樹の下で、何かの木の実を拾った。菩提樹の実でないのは確かだが。法要のあと、今年もまた(24年続いているという)ガムラングループ「ランバンサリ」のガムランの演奏と踊りで楽しませてもらった。今回は、女性3人の踊りと男性の1人の踊り。
さて帰ろうと門に向かっていたら、丁度さださんがいらしたところだった。これはご利益かしら(笑)。百観音は普段は撮影禁止だが、献灯会の日は特別に許可されているようだ。さださんも愛用の一眼レフで写真を撮っていた。百観音の燈明のあかりが揺らめいて、幻想的な夜が静かに暮れていった。

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2009.07.26 Comment:2 | TrackBack:0
仰ぎ見る首吊りの木に麗しくゆうべの月の懸かりていたり

首吊りがありし桜と聞きしかど朝に夕べにそのもとを過ぐ

もう棄てよう棄ててしまおう読み飽きた手紙のようなこのわれをこそ

たんぽぽの綿毛にかがむ君の背にシャッターを切るこころの中で

君が語るふるさとの海その青をわれは知らねどうなづきて聞く

爆風に似て特急の過ぎる間を地下駅に髪逆立ちており

幸せを感じるときは短くて開いてはまた閉じるダイアリー

                        2009年8月号/佐山みはる
2009.07.26 Comment:0 | TrackBack:0
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「雲は天才である」というのは、石川啄木の処女小説のタイトルだが(小説の内容は、空の雲とは関係ない)、ほんとうにその通りだなぁと思う。いろいろな形で現れ、時にゆったりと、または素早く形を変えてしまうから、毎日見ていても飽きない。
今日は、高いところの雲はゆっくりと、一段下の雲は早い勢いで流れていた。写真の雲は牧歌的とでも言おうか。有元利夫さんが好んで描きそうな空だった。
2009.07.25 Comment:0 | TrackBack:0
20090724234834
今朝は、一時的に土砂降りになって驚いた。山口県の豪雨災害は、死者が13人、まだ行方不明の人もいるという。そしてまた被災地は激しい雨になっているようだ。九州北部の大雨も心配。

帰宅中の電車で、虹のことをずっと考えていたら、かすかに虹が出ていた。ちょうどドアのところに立っていたので、気がついてラッキーだった。携帯カメラで撮ったからよく写っていないけれど、左下のほうです。(クリックしたら見えるかも)
2009.07.24 Comment:2 | TrackBack:0
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天満敦子さんのバイオリン・チャリティコンサート(難民を助ける会主催)に行ってきた。
さだまさしさんがゲストというので行ったのが、すっかり天満さんのとりこになってしまったようだ。なんて素晴らしいバイオリニストなのだろう。天満さんの演奏を生で聴くのは初めてだったが、居眠りをする余裕もなく引き付けられてしまった。音色を聞くごとに、リラックスして心が洗われていくようだった。ストレスフリーで美人になる?(だから、今日の日記のタイトルはデトックス(笑)
しかも、天満さんの表情や動作が、とても親しみやすくチャーミング。もちろん、トークはさださんには到底かなわないと思われるが・・・次回はさださん抜きでも聴きに行きたい。

ホール入り口で、加藤タキさんが募金箱を持って立っておられた。オーラを感じる美しい人。「小銭でもいいですか?」と言ったら、「どうぞ。ありがとうございます」と丁寧におじぎをしてくださった。そういえば、わたし、若い頃からタキさんのお母さんの加藤シヅエさんを尊敬していたのだ。シヅエさんのバトンを受け継いだ方にお会いできて感激。
第二部は、天皇皇后両陛下がおいでになった。天満さんが、無邪気に両陛下に手を振るので、陛下も振り返しておられたようだ。両陛下のお姿を拝見するのは、わたしは3度目。コンサートが終って退席されるとき、皇后陛下が天皇陛下の腕にすがるようにして立ち上がられた。また天皇陛下も、皇后陛下の腰を抱くようにエスコートして階段を上がって行かれたのが、とても印象に残っている。

写真は、難民を助ける会のグッズ。タオルハンカチとぬいぐるみストラップ。
難民を助ける会のHPからも購入できるそうです。



第1部 
アダージョ(バッハ)・・・天満敦子
精霊流し・・・・天満敦子&さだまさし
いのちの理由・・・・天満敦子&さだまさし
風に立つライオン・・・さだまさし

第2部・・・天満敦子
タイス瞑想曲(マスネ)
ねむの木の子守歌(山本正美)
独奏ヴァイオリンのための譚歌(和田薫)
シャコンヌ(バッハ)
望郷のバラード(ポルムベスク)

アンコール
秋桜・・・・天満敦子&さだまさし

ストラディバリで聴く「精霊流し」「秋桜」、とても贅沢でした。
2009.07.23 Comment:2 | TrackBack:0
仕事中だからとあきらめていた「皆既日食」、上司の許可が出たので社外に出て見ることができました。
11時29分、東京都渋谷区で見えた皆既日食です。(クリックしてみてね)
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2年前から楽しみに待っていた皆既日食。去年の段階では、郷里・鹿児島に帰省してでも見ようかと考えていたのですが、かなり広い範囲でも一部が見られるとわかったので帰省はやめたのでした。
しかし、今日は雨。あちゃー、こりゃあ無理ね。。。と思いながら仕事をしていると、ん?んんっ?ブラインドの隙間から立ち止まって空を見上げている人々の姿が見える。
あー雨やんでる!えっ、日食見えるの!?と、社内中大騒ぎ。上司が「外で見てきていいですよ」と小さくひとりごと(笑)
おおっ。待っていたのよ、その一言を。話がわかるねぇ。って、心の中で叫んで、デジカメを持って颯爽と?飛び出したのでした。

日食グラスは持ってません(苦笑)
曇っていたおかげで写真に撮れましたが、一瞬あっと雲が晴れたときの眩しかったこと。ほんの数秒のことなのに、30分ぐらいは目がチカチカしていました。日食グラス、絶対に必要です。次回また日食を見るときには、購入しようと思います。次の皆既日食は26年後とか。現在研究中の宇宙エレベーターが完成していたら、宇宙に行って見る人もいるかもしれませんよねぇ。

ちなみに46年前の皆既日食は、就学前の年齢のせいかまったく記憶にございません。

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FC2トラックバックテーマ  第780回「皆既日食、観察できましたか?」

2009.07.22 Comment:4 | TrackBack:0
40年前、アポロ11号が月面着陸した日(米国時間では20日になる)。アームストロング飛行士が月面を歩く様子を子ども心に覚えている。当時はテレビは衛星放送はなかったかな。たぶん、見たのは当日じゃなかったのだろう。月や宇宙のことに興味を持ち始めたのは、まちがいなくあの映像を見てからだ。
「宇宙エレベーター」の構想が実現めいてきているという。地球と静止衛星をカーボンナノチューブのケーブルでつなぎ、エレベーターのように宇宙と地上を行き来できるようにするのだそうだ。わたしの手帳に貼ってある「宇宙エレベーター」の概念図(新聞の切り抜き)によると、静止衛星までの距離は約3万6千キロ、てっぺんまでは約10万キロになる予定。3、40年後には、一般人も宇宙に行けるようになるかもしれない。わたしはかなり高齢になっているけど、宇宙に行ってみたいなぁ。月や地球をこの目で見てから死にたいなぁ。
2009.07.21 Comment:2 | TrackBack:0
一瞬の涼被らんと保護帽に水を満たして置く昼休み(東京都・津和野次郎)

空席のリフトが海に向かいてはまた戻りくる鳥取砂丘(鳥取市・中江三青)

食べ終えてようやく丸い顔になり「あばよ」と野良猫伸びをして行く(さいたま市・菱沼真紀子)


1首目:建設現場だろうか、戸外で作業をしている人の歌。焼けるほど暑くなっているヘルメットに水を満たして、昼休みの間は冷ましておくのだ。「一瞬の涼を被らん」が胸に迫る。

2首目:固有名詞が効いている。人を乗せずにリフトが行き来しているという。シーズンオフか、あるいは観光客が少ないからだろうか。

3首目:満腹で穏やかな顔つきになった野良猫を、「ようやく丸い顔になった」と言っていいるところが面白い。そういえば人もそうだなぁ(笑)
2009.07.21 Comment:0 | TrackBack:0
週末恒例の新聞熟読デー(笑)。銭湯のペンキ絵は、関東ならではの文化だそうだ。関西など他の地方では湯船が浴場の中央にあったり、壁がタイル張りだったして背景画は広まらなかったのだとか。東京都内の銭湯は、現在約860軒。40年前の三分の一だそうだが、そのうちペンキ絵があるところは150~200ほどらしい。現在、専門の絵師は日本にたった二人。
ところでなぜ、銭湯には富士山の絵なのか。始まりは、1912年(大正元年)、東京・神田の銭湯が建て替えの際、「子どもが楽しめるものを」と依頼された静岡県掛川市出身の絵師が富士山を描いたのが始まりという。都内に残るペンキ絵がある銭湯のほとんどは、男湯か女湯のどちらかに富士山の絵があるそうだ。なんとなくだけど、男湯のほうに多くありそうだなぁ。女の人は、銭湯の壁に絵があるかにはそんなに拘らない気する。わたしなら、脱衣場も浴場もほぼ完璧に清潔かどうかが一番気になるところで、それに美味しいジュースやアメニティグッズが充実していれば最高だと思う。でも、関東独自の文化として残っていって欲しいなぁとも思う。
偶然だが、つい最近、都内の銭湯めぐりをしているブログを読んだ。スタンプラリーとか検定試験とか、コアに盛り上がっている。銭湯には6,7年行ってないかも。たぶん、家のお風呂が壊れたときに行ったきりだ。
2009.07.20 Comment:0 | TrackBack:0
乾きたる七夕竹の軽さかな(下田市・森本幸平)
2009.07.20 Comment:0 | TrackBack:0
池袋にて。詠草は65首。わたしが今まで参加した中で一番多かった。初参加の方も数名いらしたようだ。今から思えば、司会がK池さんだったから参加者が多かったのかも。
したがって1首に平均5分程度の時間配分で進んだが、「何かしら意見を言いたくなる歌」と「意見が出にくい歌」の差異についてK池さんがちらっと言及されて、なるほどと思った。
わたしの歌は、「一首の中で言いきってしまっている」、「説明になっている部分がある」「どんな“君”なのか、そこを丁寧に」などコメントをいただいた。

研究会は、S谷さんのレポートによる「谷井美恵子」。短歌総合誌でたびたび読んだことがあるが、お歳を知って驚いた。現在87歳。しかし歌から受けるイメージは、50~60代だったから。研究会を通して、谷井さんの歌を見直した。たしかに「もっと評価されてよい歌人」だと思う。
明日は振替休日なので、気が楽になり飲み会に初参加。シビアな批評をした後にこそ、フランクな交流の場を設けることの効用を感じた。ちょっと怖そうなイメージのあった方が、意外にお話好きだったりで。親睦と言うにふさわしい飲み会だった。憧れのS井さんと少しお話し出来て嬉しかった。また参加できたらいいな、飲み会(笑)
2009.07.19 Comment:8 | TrackBack:0
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レンジの五徳をお掃除をしたので、気づいたら爪が傷んでいた。これはマニキュアで隠すしかないなぁ。
しかし、「ニューサ○サ」は偉い。ロングセラーの所以は、単純に汚れ落ちがいいからに違いない。

閑話休題。よく私は「行動派」などと言われる。全然違うんだけどな。あちこちに行っているから、そう思われるのだろう。本当はものぐさなのに、探究心につき動かされているだけだ。たとえば「○○は△△だった」と誰かに言われたとしたら、本当に「○○は△△」なのか出来ればこの目で確認したい。もちろん自分が興味を持っていることでの話だが。他人の言うことを鵜呑みにするようなった時は、私が老いた時だろう。(肉体はもう老いているけどね)

そういえば、ある人に「あなたなら直ぐに行くでしょ」と言われた。裁判員制度のことだ。この時はちょっと脱力したな。ああまだ、この人とは分かり合えていないんだなと淋しくもなった。裁判員制度の施行にはまだ疑問を持っている。これについては、いつかまた機会があれば語りたい。
池波正太郎が鬼平に語らせた「善事を行いつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ」は、まっことその通りだと思う。善人が魔が差して悪事に手を染める。悪人がふと善行をする。その不思議さが人間なんだ。


写真は、友人が「あなたみたいな花」と送ってくれたランタナ。「水がなくても暑くてもちゃんと咲く」って。
ランタナは、子どものころ身近に咲いていた。思い出すのはオレンジやピンクだけど。あの頃は、花の名前を知らなかったなぁ。
2009.07.18 Comment:2 | TrackBack:0
夕方、むぁ~っと蒸す部屋に帰ってきて、嬉しいのは花の香りだ。百合の切り花が、次々と蕾を開き甘い香りを放っている。花粉が服に付くと落ちなくて厄介だから、蕾が開いたらすぐに花粉を取ってしまうのだけど、香りが薄まってしまう気がするなぁ。数えてみたら、12個咲いている。蕾はあと4個。まだ香りを楽しめるぞ。
2009.07.17 Comment:0 | TrackBack:0
山里の馬頭観音ぽつねんと「明治十七年」に霧雨(福島市・美原凍子)

葉桜の無人駅より葉桜の無人駅まで鱧買いにゆく(鳥取市・中江三青)

人形屋の夜の人形を見て通るその梅雨の灯に並ぶ眼差し(佐野市・黒田嘉彦)



1首目:そこにある風景を詠って地味な感じの歌だが、「明治十七年」が効いていると思う。

2首目:「葉桜の無人駅」を繰り返しているが、最初の駅と次の駅は別の駅なのだ。「鱧(はも)を買いに行く」という何気なさも面白い。

3首目:不思議さが魅力の歌。雨の夜、作者は人形が飾られたショウウインドウの前を通りかかったのだろう。淋しげな瞳をした人形を思う。
2009.07.17 Comment:0 | TrackBack:0
チケットが入手困難な人気落語家のひとり、立川志の輔さんの独演会を聞きに行った。テレビ番組「ためしてガッテン」でお馴染みの、あの志の輔さんである。何度かチケットを取りそこね、やっと東京国際フォーラム・ホールCの三階席が幸運にも取れた。
私が贔屓にしている立川談春さんは古典落語オンリーだが、志の輔さんは新作落語系でまたひと味違って面白かった。機会があればまたお聞きしたい。
いただいたチラシ類の中に、笑福亭鶴瓶さんの「JAPANTOUR」(すごいタイトル(笑)のがあった。鶴瓶さんの落語は、6年ぐらい前に聞いたきりだ。鶴瓶さんがちゃんと落語をやる決心をされた頃、場所は渋谷の青山劇場だった。あの時、私は最前列の高座の真ん前の席で、連れが来られなくなって隣が空席になっていたのを鶴瓶さんに突っ込まれたっけ。
あの日の鶴瓶さんの噺は、面白かったけど、はっきり言ってヘタクソだった(苦笑)。あれから場数を踏んで、風格が出て来られたようだなぁ。久しぶりに聞きに行ってみようかしら?チケット取れるかなぁ。なにしろ、日替わりゲストが人気者ばかり。談春さんがゲストの回がいいんだけどなぁ。

チケットといえば、9月の国立劇場の「東大寺 修二会の声明」、取れなかった。13年ぶりの披露というので、春からずっと狙っていたのに。がっくり。
2009.07.16 Comment:5 | TrackBack:0
仕事帰りに友人と会うことになり、2日続けて新宿へ。さすがに家族に気が引けて、簡単な夕ご飯を作ってから出勤した。
わたしは何の力もない。アドバイスなんてとても出来ない。話を聞くしかできないけれど、吐きだして気持ちが落ち着くなら、そのための時間を出来るだけ作りたい。
2009.07.14 Comment:2 | TrackBack:0
小池光さんの授業を受けてきた。始めは雑談(落語で言えば“まくら”(笑)と読解。小池さんの新作30首だった。続いて講評(33首)。トータル2時間。結構、短歌人の人が来ていたなぁ。
題詠だったが、私は初参加に免じていただき、今回は自由詠を出した。次の講義は27日。締め切りは24日。わあ、もうすぐじゃん。
2009.07.13 Comment:6 | TrackBack:0
水面より金の一片岩魚釣る(山形県・新野祐子)
2009.07.13 Comment:0 | TrackBack:0
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いきなり頭痛で、座ってもいられなくて鎮痛剤を飲んで横になっているところ。久しぶりに携帯から更新してみる。

さて今日は、娘の命日が近いということで、友人家族が墓参りに来てくれた。生前、娘が好きだったひまわりをひとかかえ持って。仏壇の分も頂いたので、家も黄色があふれて賑やかになった。早いもので来年は七回忌になる。今年、母の初盆だが、来年は母の三回忌もあるんだなぁ。
ところで何故か、皆がわたしが死んだ時の話で盛り上がっているので、ええっ?と思った。「夏椿を棺に入れてあげるから、花が咲いている時期にしてね」って。まだまだ葬儀の心配される年齢ではないはずなんだけど、妙に具体的な話で笑えた。
つまり、誕生日の頃にすればいいのね。西行みたく「願わくば沙羅(夏椿)の木の下に…」って辞世の歌も詠んでおかなくちゃいけないかな(苦笑)。夏椿が咲く時期は短いし(約2週間)、だいいち花屋に売っていないから、本当に沙羅の木に散骨してもらおうかしら。
しかし、お盆が近いからと言って、どうしてわたしが死ぬ話になっちゃったのか。不思議というより、何か因縁とか示唆を感じる。茂木健一郎さん流に「セレンビリティ」(偶然は必然)と思えてもくる。

さて薬が効いてきたら、明日の準備をしなくちゃ。明日は、小池さんの短歌教室の一回目。どんな授業かなぁ。ワクワク。
2009.07.12 Comment:2 | TrackBack:0
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久しぶりに一時間半ほど近所を散策した。去年まで定点観測をしていた真っ赤な石楠花は、枯れてしまったのか影もなし。いまごろ満開のはずだったのに残念。
気ままに入った路地に発見したのは、木製の大きな桶が無造作に置かれた店。あれまあ、風呂桶屋さんだ。いまどきまだこんな商売が残っているなんてびっくり。さるすべりが咲く坂道を上がっていくと、鬱蒼と葉が繁る大木の陰に朽ちるにまかせた古家があった。いきおいよく戸を開けたりしたら、なだれてきそうなぐらいに朽ちている。大きな家なのにもったいないな。ここらへんの地価を考えたら、どうしてほっておくのかとも思う。きっと何か理由があるのだろう。さらに歩くと瀟洒なマンション。「シマトネリコ」のプレートをつけた木には、白い花がつつましい風情で咲いていた。
思いつくままに坂道をのぼったり下りたり、見当をつけて歩いてもとの道に戻ってきた。横浜は坂の多い町なのに、この付近は名前のついた坂がないようだ。それだけ歴史文化が浅いということだろう。なにせ50年前までこの辺は山だったそうだ。今でも狸がいるし、夕暮れになるとこうもりが飛んでいる。それにしても、この町に住んで25年経つというのに、まだ歩いたことがない路地や意外な場所がたくさんあるなぁ。
2009.07.11 Comment:6 | TrackBack:0
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