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ずいぶん前に書いた短いお話です。時代考察など適当なので、変なところもあると思います。

「トシちゃんの根づけ」
~1945年3月10日東京大空襲~


午前零時、加代はあくびをかみころした。

寝返りさえはばかられる8人部屋を、ぬけだしてきたのは小一時間ほど前。
工場の裏に置かれた形ばかりの粗末な縁台に座って、ずっと星空を見上げていた。
昼間の労働で疲れきっているのに、今夜はなぜかなかなか寝付けないでいる。

東北の小さな村から、挺身隊として東京に出てきて半年。
あと二十日もしたら、動員の期間が終わって田舎へ帰れる。
もうすぐ早池峰山の雪解けが始まり、ふきのとうが春を連れて来るだろう。
今朝、妹のさよ子から来た手紙では、母も弟たちも皆元気そうだ。
たどたどしく綴られた手紙の最後に、祖母が腰痛を患っていることが書き添えられていた。
父を赤紙で取られてからは、畑は母と加代のふたりでやってきた。
しかし加代が学徒動員で里を出たあと、祖母も妹たちも野良に出なければならなくなったのである。
家の者の腹を満たすのがやっとの小さな畑だが、60歳を越した祖母に野良仕事は重労働だ。
「ばっちゃんの土産に、上野で膏薬を買ってあげよう。」

そんな算段を巡らして一人にやにやしていると、星が動くような気配がした。
静けさを破って、空襲警報が煽るように唸りはじめた。
「ふん。鬼畜米兵め。どうせまた、いつもの威しよ。」
地下壕に駆け入りながら、加代は心のなかではそう思っていた。
「日本の勝利は近い、戦争はもうすぐ終わる」と工場長達が話していたのを、昨日聞いたばかりだ。

爆音がぐんぐん近づいてくる。頭の上を熊ん蜂が飛んでいるかのようだ。
壕の入り口から手を伸ばせば、届くのではないかと思った。
「いつもと違うよ、おかしいよ。」
寝込みを襲われ慌てて飛び入ってきた娘達が、口々に言い出した。
「こわい!」耐え切れず泣き出したのは、村から一緒に来ていた幼なじみのトシちゃんだった。
いったい上はどうなっているのだろう。
耳を裂くような爆音とともに、壕がぐらぐらと揺れた。



----火に囲まれたのはあっという間だった。

強風に煽られ勢いを増した火の手は、容赦なく町を責め立る。
逃げ惑う人達は、まるで申し合わせたように一つの空き地に集まった。
いや正確には、混乱から人のたくさんいるほうに集まる群集心理だったのだ。
そこが前に進むも後ろに下がることもできない、逃げ場のない場所だということを 誰一人知らなかった。

空気がとどまって動かない。じりじりと迫り来る炎。いったい何処へ逃げたらいいんだ。
熱風で息をすることすらできない。肺の中まで焼けつくようだ。

さながら火焔地獄の様相で、多くの人が悶えながら息絶えていった。---



昼過ぎて、加代は隅田川の川べりを一人歩いていた。
言問橋にはたくさんの人が倒れていたが、生きているのか死んでいるのかわからない。
ただの黒く煤けた塊のように見えてしまうのだ。
自分が生きているのが不思議だった。顔にひどい火傷をしているけれど、幸い生きている。
「トシちゃん、無事だろうか。」
家財を載せて逃げ惑う大八車に押し出されて、いつのまにか二人はぐれてしまった。

工場も寮もすっかり焼け落ちて、誰もいなかった。なにもかも全て燃えてしまった。
「トシちゃんを見つけたら、一緒に村に帰ろう。」
トシちゃんはどこへ逃げたのだろうか。私を探し回っているのだろうか。
もうそろそろ再会してもいいはずなのに。胸の中で、不安だけがふくらみはじめる。

山のように死体が折り重なった場所にも行ってみたけれど、トシちゃんの姿は なかった。
まだ火がくすぶっているそこは、人が焼けるいやな臭いがたち込めていた。
死体の顔に見覚えがあった。同じ工場で働いていたひとつ年下の子だ。
加代はこらえきれずに嘔吐をくり返した。
そしてそれが、死んだ人たちに申し訳の立たない恥ずかしいことに思えて、涙がとまらなかった。

誰かに呼ばれたような気がして振り返ると、草むらの中できらりと何かが光った。
それは小さな根づけだった。
東京に出てくる前の日に、加代とトシちゃんにお守り代わりにと祖母がお揃いで作ってくれた
蜆の貝殻を端切れで包んだ根づけだった。
「トシちゃん!」
土手下に転がっているトシちゃんに気づいたのは、そのすぐあとだった。


毎年3月10日になると、おばあちゃんは左頬の火傷の跡が疼くと言う。
そしてあの日拾ったトシちゃんの根づけは、今でも仏壇に二つ揃えて供えられている。


                           終わり



過去の作品を手直ししました。なお作品はフィクションです。1998.3.10
2008.03.11 Comment:2 | TrackBack:0
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