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残すほどの何があらうかこんなにも短い一生は駅間の時間/河野裕子

                        一生・・・ひとよ
                        駅間・・・えきま

『短歌』2月号の河野裕子さんの30首より、タイトルに取られた一首。
この歌は17番目という目立たない場所に置かれていたが、すごく深い歌だと思った。

生には、「残すほどの何もない」と言わしめる不条理がある。
なんぴともそうであろうが、しかし深く思わない人もいるにはいるであろう。
作者は重い病をかかえ、作歌活動を続けている。結社(塔)で重要な任もある。
自分のために家族のために、もっとやりたいこともあるはずなのに時間は足りない。
先にある死を見つめている作者の、深い深いため息のような歌だ。


冬の底の寒さといへど母が死にこころは少し楽になりゆく/河野裕子

「母が死にこころは少し楽になりゆく」が、はじめはピンと来なかった。
私も母を失くしたばかりだが・・・。
河野さんのお母様は、河野家とは少し離れたところに住んでおられたようだ。
もう年老いた母の心配をしなくて済むということもあるだろうが。
子にとって親は、病気であれ長生きしてほしいもの(のはず)。
そうか、母より先に死なないでよかったということなんだ。
逆縁の悲しみを母にさせないでよかったと。


この眉がすっかり脱けてしまふまであと三月あれ桜見にゆく/河野裕子

                        三月・・・みつき

どうか、体調よくゆっくり桜を見られますように。
2009.02.11 Comment:6 | TrackBack:0
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