上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--
仕事帰りにデパートの白蓮展を見る。大正時代「筑紫の女王」と絶賛された歌人・柳原白蓮(本名・子(あきこ)。年下の大学生・宮崎龍介と駆け落ちし、九州一の財閥と言われた夫・伊藤伝右衛門への絶縁状を新聞に発表して世間を騒がせた。姦通罪があった頃のこと。
三人目にして最後の夫・宮崎龍介とは幸福な結婚生活だったそうだ。運命の人に巡りあうための半生だったと言うは簡単だが、人はどの時点までならやり直しがきくのだろうかなどと考えさせられた。今持っているもの全て捨てるのは勿論のことだが、その時期を見誤ってしまったら全てが無になることも覚悟していなければ。言わば、賭けと同じだ。そして、それほどの賭けをしても、こんなはずじゃなかったと再び落胆することだってありえる。いや多いだろう(苦笑)。
白蓮は、全てを失ったのでなく、逆に全てを得たのだと思う。まるで「愛があれば生きられる」のお手本のようだ。しかし、白蓮が宮崎に送った手紙は激しかったなぁ。あの時代の女性があんな恋文を書いていたなんて。負けてられないっ(笑)

わが命惜まるるほどの幸を初めて知らむ相許すとき/柳原白連
2009.03.10 Comment:6 | TrackBack:0
Secret

TrackBackURL
→http://kinakotanka.blog57.fc2.com/tb.php/2210-8c63a897
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。