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縁側があった時代は祖父もいて沈丁の香に集い来たりき(枚方市・鍵山奈美江)


一年の利息代わりの花種の袋振りふり銀行を出づ(神戸市・内藤三男)


説教と引換へに配るパンならば生きる為には説教を聞く(ホームレス・公田耕一)



1首目:「縁側」が懐かしい。縁側でひなたぼっこしたり、夏はスイカを食べたりしたものだ。繕いものをする母や、籐椅子にくつろぐ祖父。そんな何気ない家族の肖像。

2首目:最近は、「ATMのほうが早く出来ます」なんて言われて、なかなか窓口には並ばせてもらえない感じだが、作者は窓口に行って預金をしたのか、通帳の更新をしたのか。中年(?)男性が、もらった花の種の小袋を振っている様子を想像すると楽しい。

3首目:「ホームレス文化」というブログを読んでみると、台湾の仏教団体や韓国のキリスト教団体が、週1回ぐらい公園で炊き出しをしてくれるらしい。説教を聞かなければ配給はもらえないのだから、どんなに空腹でも我慢して待つしかないのだ。




12日の歌壇俳壇のページに、「『山手線』も題に楽しい競詠実験」という見出しで、短歌人70周年記念号が紹介されました。「風信」欄(本の紹介)には、短歌人新人会のお仲間、永井秀幸さんの『小池光の文学-言葉と抒情』が紹介されていました。

「山手線」も楽しい競詠実験↓


面白い題をたてれば、歌人が面白がる、面白い歌がそこに生まれる、ということだろう。歌誌「短歌人」70周年記念今号が<山手線吟行><文学の一節に魅かれて><言葉へ返す>の3部構成でテーマ別競詠を試みているが、どの作品も楽しい。
<吟行>は、東京の環状山手線29の各駅に29人の会員がそれぞれ降り立ち、歌う仕掛けだ。たとえば新橋を井上洋はこのように。「日の暮れにおなじ顔した男らのこたえる経済政治の危機を」。新宿を高山雪恵は「東京に生まれ方向音痴でも人の波間を歩くのは得手」、など。
<文学>は、芭蕉、シェークスピアからつかこうへいまで古今東西の作家の著作から一節をひきつつ、印象を詠む傾向だ。<言葉へ>では詠み手が自分にとっての、きわめて私的な“座右の銘”と向き合い歌うが、出来上がった歌は生き生きと、みんな元気だ。

2009.04.13 Comment:0 | TrackBack:0
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