上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--
DSC00658.jpg


アクティブな昨日に一転、本日は家籠りなり。
わたしのことを「活動的」、「行動派」と言う人がいるが、全然当たっていないな。子どもの頃から引きこもっているほうが好きなのだ。本当は。放っておけばいくらでも引きこもっているだろう。そんなわたしが活動的に見えるのは、事実や史実を自分の目で確認したい、追体験したいという欲望から行動を起こすときにほかならない。体裁よく言うなら、知識欲が盛んになるということか。

家籠りは、「隠れる(存在を隠す)」に似ている。隠れれば、外界からの刺激は薄れ、心(脳)は落ち着きを取り戻し、思考は整理されるはずである。そう考えると、家籠りは自分の魂を修復するために大いに必要だという結論が引き出される。少なくとも私の場合は。
静あっての動なのである。静だけの生活は面白みに欠けるし、動ばかり続くとやがて必ず草臥れてしまう。静と動が絶妙に配合されるのが理想だが、時には比重が偏ってしまうこともあるだろう。しかし、どちらも脳への働きかけは重要だ。静と動による緩急(メリハリ)を意識して過ごせば、人生は少し楽しくなるに違いない。
2009.05.04 Comment:0 | TrackBack:0
Secret

TrackBackURL
→http://kinakotanka.blog57.fc2.com/tb.php/2308-6bdff5ec
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。