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新聞の投稿欄に「<~したいと思う>という曖昧な表現は避けよう」という意見があった。<~したい>でいいのに、そのあとに<と思う>を付け加えられると、その意欲が信じてよいものか迷うという。(主な例として「頑張りたいと思う」がある)
なるほど。<~したいと思う>には、「いまはそう思っているけれどね」というニュアンスが感じられなくもない。例に上げて鑑みれば、「君を守りたいと思う」と「君を守りたい」は、同じに見えて強さが違う。「君を守る!」なら最強だ。<と思う>を付け加えることによって、無意識に伏線を張っているのかもしれない。
短歌においても、<~と思う>は一首を弱めると言われる。たとえば結句を「~と思う」とした場合など。短歌は“今の思い”や“瞬間の切り取り”なので、断定がよいのだろう。とはいえ、名歌秀歌に「~と思う」が一首もないということはないだろうけれど。

わたしも、<~したいと思う>と言う(書く)癖がある。断定をためらうのは、わたしは何かを断じられるほど立派な人間ではないという思いがあるからだが。この曖昧な物言いは、よく言えば日本人のDNAに受け継がれる「奥ゆかしさ」であろうか。「秘すれば花」という言葉もある。
でも、言うときゃ言うのさ、このわたしだって。「愛したいと思う」なんて日本語変でしょ。この場合は、絶対(「愛す」)「愛している」でしょ(笑)
2009.06.05 Comment:4 | TrackBack:0
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