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リビングで水中眼鏡つける子の呟くくらいせかいがくらい


幼稚園児の母なれば袋掛けさるる果実のように過ごせり


仙台市指定ゴミ袋かけられれば雨に濡れられぬ芍薬の花


この夏の約束として手花火の徳用パックをレジへと運ぶ


スニーカー、靴下、ハンカチ、うわさ話、夜に濯げばほのかに香る



                  駒田晶子(心の花所属)


2首目の「幼稚園児の母なれば袋掛けさるる果実のように過ごせり」は、一読ではわかるようでわからない。袋掛けされているような、幼稚園児の母(作中主体)とは、つまり社会から隔離されているという意味だろうか。
子育て中の母親が、社会との疎外感を持つのは不思議ではない。幼稚園児の母親に限ったことではないと思うけれど。生まれてきた子が可愛くて夢中で子育てしていた頃に比べたら、自分がおいてけぼりにされているように感じることは増えると思う。子どもが幼稚園に行っている間の、ひとりの時間(吾に返る時間と言おうか)を持て余してしまうだろう。

3首目「仙台市指定ゴミ袋かけられれば雨に濡れられぬ芍薬の花」もまた、作中主体の心理は2首目と同じと思われる。芍薬の花を長く持たせるためには、雨風を避けよと『芍薬の育て方』にあった。ほんとうは芍薬は雨に濡れたいかもしれない。「雨に濡れられぬ」としたところに、屈折した心情が見える。ただのゴミ袋でなく、「仙台市指定ゴミ袋」としたのは面白い。
2009.06.25 Comment:0 | TrackBack:0
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