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情けなかこげな歌しか知らんばい宴で老婦<戦友>を歌う(宗像市・巻 桔梗)


実家にて皿を洗えば洗い方教わりし日の小鉢欠けおり(高槻市・有田里絵)



1首目:「情けなか、こげな歌しか知らんばい」と、見えない括弧くくりがある。九州・福岡あたりの方言。
お祝いか何かの宴席のひとコマだろう。歌う順番が回ってきて「(楽しい場なのに)こんな歌しか知らないのが情けない」と前置きして、老婦人が歌いだしたのは「戦友」。明治38年の歌。
青春時代を戦下で過ごした人たちが、当時おおやけに歌えるのはこういう歌しかなかったのでないかと想像する。
戦争が起きて、まず取り締まられるのは大衆をそそのかす恐れのあるもの。音楽、絵画、文学。浮ついた流行歌などもってのほかという時代だったろう。

今の時代、宴会で「戦友」を歌う人は滅多にいないだろう。が、30年ぐらい前は結構歌われていたんじゃないかな。戦争が終わって20年後ぐらいまでは、軍歌の影響は残っていたはず。
私も子どもの頃、父母や親戚が酒盛りの余興で歌っていたのを覚えている。実は・・・私も歌えるのである(苦笑)

『ここはお国を何百里 離れて遠き満洲の
 赤い夕日に照らされて 友は野末(のずえ)の石の下』(戦友)
2007.09.04 Comment:0 | TrackBack:0
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